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TOYOTA特別先行試乗会に突撃

2008年 09月 30日 (火) | 編集
TOYOTAが画期的な新車を発表するってことで特別先行試乗会に突撃してきた。

いや~~~ 話したいことはたくさんあるんだけど。クルマにキョーミねーよ! って方も、ちょっと読んで欲しい。 今回の試乗会はすっごい楽しかった!!


TOYOTAから出る新車、その名も "iQ"



TOYOTAの開発部門チーフエンジニアの方と直接お話しできる機会ってのはなかなかないわけで、やっぱり世界のトップメーカーの技術者。 一流オーラを放っててまぶしいのは気のせいではない。 クルマより先に目がいってしまう。


室内会場にてまずは商品解説。



● ちっさいボディ、全長3m未満なのに、4名乗車を可能に

     可能なの? まさかチビマリオ4名とかないでしょーね・・・
   

● 室内幅が広い

     ってか、室内幅って、天上が高くて幅、とか言わないわよね? 


● 意外な場所に収納スペースが


     フッド(ボンネット)開けたら、とか、クラクション鳴らすとことか、四次元ポケットとか?
     


ホントにホントなの? だってコレ! このサイズなのよ!


car1.jpg


  これ、リモコンで動くんじゃないの? とか思ったアナタ! 気持ち分かります。



TOYOTAってそいえば軽自動車の開発はしていないよね。 TOYOTAが発売前に試乗会を開催するのはお初だとか。 このiQの発売は 


"クルマの価値観の革新" 

らしい。 

TOYOTAがこんなにちっさいクルマを初めて開発したってことは、世界的にコレは大きな意味があるに違いない。


もしかしてアテクシ、


クルマ史における新たなスタイル誕生の瞬間に立ち会っているかもしんまい。



                          おで、カンゲキックス…



そしてイベント終了時にはこの革新とうたわれている意味を知ることとなる。 
(iQの i = Innovation;革新 の意味を持ってるってことで、納得王子だった!)


手元にもらった資料を見る。 その世界のTOYOTA技術を見せてもらおうじゃまいか! 会場を見回してもなかなかのイベント設定。イケメン率高いなぁ。さわやか系が8割ってとこです。  アテクシはイケメンを見渡すべく 話しが聞きやすい会場ど真ん中に席を確保した。



開発チーフエンジニアのナカジマ氏が登場。 技術者=カタブツ という誰もが抱く先入観はこっぱ微塵に砕かれた。背が高くて知的オーラを放ち、スーツが小奇麗な男性。 


それにしても、世界のTOYOTAの技術者TOPからお話しを直接聞けるって、ある意味スゴい。 



ワクワク感が募る。

『普通は公開しない』 という最初に作った図面が出てきた。



ガンプラの組立図でさえまともに読めないアテクシにクルマの図面ですか… なんだかスゴいらしいことはわかる。 が、図面見ても何が何だかワカリマセン、先生!
                              
                                   (※ガンプラ:ガンダムのプラモデル)



しかし技術者… TOYOTAの技術者トップってことは・・・ またもやきっとアテクシには宇宙語にしか聞こえない説明をするんだろうな・・・ はいはい、それでもちゃんと聞きますよー


ナカジマ氏はそんな数学オール3(10段階)の理数ミジンコレベルのアテクシのことを不憫に思ったのか、すでにクルマっぽくなってる色つきデザイン画で説明を始めた。



『iQのコンセプトは "実用 兼、遊び心" のあるクルマ。 

小さいクルマながらも、デザイン、技術の性能は上級車クラス』




・・・ わ、わかりやすい説明じゃないですか!!! 


ナカジマ氏の説明でとにかく印象に残ったのは、このiQ、


内装デザインはすべて自然界の生物を数値化したものを使用している



アテクシが試乗会で撮ってきた写真を元にこのiQがタダモノならぬクルマであるってことが判明。 自然界生物を数値化するってどーゆーこと??


で、こーゆーことと判明。


image3.jpg  ← クリックすると拡大




『自然界の芸術を数値化して、今までになかった面を造りたい。 自由度の高いデザイン』


トップ企業ってのはやることが違うわっ!! 

こんなことデキるんですか!!!! (マンタは無理やりっぽいけど)



アテクシも自然大好き人間なのでかなりよーしゃなくキビシー目線でチェックを入れたけど、内装も統一感があってすごく良い。 すでにこの頃にはiQに乗ってみたい感は最高潮に。


試乗会ってことで次は屋外会場に移動。  

ああうっ。 よろけるアテクシ。 


太陽の光がまぶしいのか、それともイケメンの笑顔にクラクラなのか、 


いや、これは iQの技術の結晶オーラに違いない。





                              ま、まぶいわっっ 


ビックリ玉手箱なこのクルマに驚き、そしてチーフエンジニアに個人的質問の嵐をぶつけた。 開発者は答えた。 

               『オレたちがやるんだっ』 


彼らの想いに胸がアツくなった。 (風の中のすーばるー)


このiQ、いくつも "お初" を搭載してる ってわけで、実際乗ったわけで、


次へ続く。


技術もそうだけど、開発の方とお話しできたことに感動。 ものづくりのプロってやっぱり何か持ってます!
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現地タビビト事情

2008年 09月 26日 (金) | 編集
っつーことで、9月のアタマにタイへ行ってきたアテクシと親友アポロ(メス・三十路・未婚)。

航空券 + ホテル + 空港送迎のH○S、Ciaoツアーで格安ツアーだったけども、バンコクステイのみってのもつまんない!

小さいバックパック背負って、

スコールにもまれ、

バンコクの大気汚染にどっぷりつかり、

それでも屋台の水やスイカジュース、メシにお腹を壊すことなく
(アポロはむしろ便秘で苦しむ)

1泊使って、『戦場にかける橋』のあるカンチャナブリへバス移動してきた。

今日はちょっと違った記事を。

前回までの記事は こちら から一気読み!

 
    ◆    ◆    ◆    ◆


過去ばなを書いておりますが、来年の春から世界一周に旅立つ、ってことで、今専ら準備しているのは、体調面と精神面のこと。


精神面って、『ビビってやべー!』 とか言うのではなく、親や友人、大事な人たちとの時間を持ったり、本や映像から世界遺産、現地の歴史のことを調べたり、取材内容の下調べです。


前回のタイ戦争関連の記事でコメントをいただきました!

『もしよければ、なんというツアーまたはどこの町から出るツアーなのか情報を教えていただけないですか?』


そいえば、バックパッカー視点でばかり書いていた記事なので肝心のそのような情報を載せることをすっ飛ばしてたことに気がついた・・・ 失礼!


アテクシがよく、記事の中で書く 『現地ツアー』 というもの、英語を話せるガイドがついて一緒に回ってくれる。 これは特に名称とか決まったツアー内容はなかったりします。


たとえば前回、2004年にアテクシが参加した "カンチャナブリの戦争の爪あとを回るツアー" っていうのは、現地の安宿で手配したもの。

日本からツアーで海外に行くと、その旅行代理店が用意するオプションツアーをつけてドコドコを回ったり、追加料金ウン千円とか、ときに1万を超えたりする。 またはすでにツアーに入ってるとか。


だけど、世界には個人で回っている旅人もすげー多く(アテクシみたいな勘太郎)、その人たちむけのローカルツアーってのも多くある。


つか、バックパッカーって世界ではかなり多いんだってばさ! 


日本では 『キタネー』 『金ない』 『変わり者』 の肩身が狭い はらたいらに5000点な3Kの称号だけど、ヨーロッパみたく隣国と陸続きの国の若者が、夏とかバックパッカーでいろんな国をまわるのはよくある話。


日本は島国だから 隣国=離れた国(言葉も文化も違う海のむこう) だからなじみがないだけかな、と思う。



余談だけど、以前、スペインの安宿に泊まったとき、男女混合ドミトリー(8人相部屋)で、アメリカオトコとフランスオンナがスペイン語で話してた。

フランスオンナはアテクシとは英語で話していたのに、なんでアメリカオトコとお互いスペ語で話しているんだろう?

アメリカオトコいわく

『フランス人はアメリカ人が嫌いだからね。彼女、僕にはスペ語で話しかけてくるんだよね。変わってる。』

と。 

へぇ~~ 国際摩擦ってこんなスペインのちっさいユースホステルでもあるんだな、と妙に納得したり。 



ってことで、世界各地にはバックパッカーが泊まる安宿街ってのがあるのです。

飲食ができるところ、ネットカフェ、場所によっては現地ツアーを組んでくれたり、航空券手配をする旅行代理店が、とあるエリアに軒を連ねていたり。


つまりその安宿エリアにいれば、


ガイドブックない → 宿で情報収集 → 次の場所、遺跡への移動方法判明 → 仲間ができる → 食事したり → またどこかの地で偶然再会

とかよくあるパターン。 1人でポツーン状態 ってのはほぼない。


なので、『なんというツアー』 という名前は特になく、このカンチャナブリ戦争ツアー(?)っていうのは、


"Death Railwayをめぐり、Hell Fire Pass Museumに行き、ランチを食べて、ゾウに乗って、川のイカダくだりをして、周辺歩いて、最後は電車でカンチャナブリに戻ります"


っていう感じのツアーを数ある旅行代理店から見つけて、宿で手配した。2400円くらい。


多分、バンコクでも手配できるけど、もっと割高。 

例えばエジプトの1泊2日 砂漠ツアーをカイロで手配すると1万円するけど(ありえねーー破格!!) 

アテクシたちはカイロから5時間かけて自力でバス移動。 ツアー出発地で手配すれば2千円しない!! 


物価の低いエジプトで(1.5L水:20円、安宿1泊:140円) 現地ツアー100ドルってのは、1万のC級ホテルに泊まっているのに、ハトバスツアーに10万円払っているようなもんでしょ!!

しかも寝床はキタねーマットに砂の上、酒は一切なくひたすらお茶。トイレはその辺っちゅー内容!

ツアー出発地に着いたとき、カイロで手配した人に価格を言うな、とクチ止めされた。ドイツ人グループは100ドル払ってるのに、同じ内容でアテクシたちは16ドル程度…


バックパッカー、とにかく情報がイチバン重要!! 

          安全面も資金面も移動も… だからある意味疲れるといえば疲れる



話がそれたけど、タイでは、当日の朝8時とかにバンが各宿の参加客をピックアップして、そこで参加者とご対面。 一緒に1日かけて周辺ハトバスツアーなるものを開催してくれる。


観光地には現地ツアーはかなり多い。危機管理の意味もあり、特に遺跡やそういうところには1人で行かないようにアテクシはしているので、現地ツアーをうまくつかいながら、で、旅人同士で行けるところは個人で行って節約したり、している。


『海外でネットってできるんですか? ブログ更新して欲しいです!』

という身に余るありがてーお言葉もいただいたりするのですが、そう、安宿街があるところには必ずネットカフェや、宿にPCが置いてあるのでかなりの頻度でネットはできることは確か。


むしろ、ヨーロッパの国に行ったとき、スペイン、ポルトガルのネットカフェの方が不便だった!!


PCの設定をまったくいじれなくしてる → 言語設定の変更ができない → 日本語打てない!!

で相当イラついたのを覚えてる。 泊まりたくても満室で泊まれなかった安宿にブラ~とそ知らぬ顔をして入って、勝手にPCだけ使ってコトをなしたけど。
(先進国以外は意外と自由にPC設定を変えられる)


世界一周の旅では、ありがたいことに、あるメーカーさんと仕事の契約を結んで現地からデータを送ることになっています。
(企業さんの名前はいずれ! かなりアテクシには人生変わるオオゴトです! このウェブともリンクを貼るのでぜひ楽しみにしててちょー!)


先日、ってか、タイから戻ってきたその日の夕方、企業さんの本社で打ち合わせをしたのだけど、

『PC持っていくんですよね?』

『イヤ、持って行きません… 荷物が多すぎて無理で…』

『え! データやりとりはどうするの?』

『現地からネットカフェを使って…』


と言ったら、各地からネットができることに驚いておられたんだけど、意外とデキたりする。

アテクシなんてデジタル・パッカーと言われたほど、PCに向かっている時間が長かったりする。 つか、母親の携帯に 【生存確認メール → これからと明日の予定】 の履歴を頻繁に残しているのだけど!


ってことで、なんだかダラダラと長くなりましたが、旅先からも長く書けるかはわかりませんが、更新は続けていく予定です!

タイ: 寺院で修復作業を見学 に続く

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タイの戦争博物館

2008年 09月 24日 (水) | 編集
バックパッカーをするときにはいつもテーマを持って旅に出る。


5年前にタイに初めて行ったときのテーマは

第二次世界大戦での日本軍の爪あとをタイで見てくること


だった。


旧日本軍はミャンマーからタイを横断してシンガポールまでの輸送物資を送るための鉄道(泰麺鉄道)を建設するために、総長415km(東京~岐阜県ほどの距離)を戦争捕虜を使って約1年3ヵ月の工事で完成させた。


もちろん重機がある現在とは条件が違う中でのこの早さ。



戦争の爪あとが残る場所を回るツアーに参加することにした。

現地ツアーは英語で行われる。日本人バックパッカーの参加率は格段低く、今回も7人ほど参加者がいたけど、オーストラリア人カップル、イスラエル人、ドイツ人、そして日本人は私だけだった。


イギリス、オーストラリア、アメリカ、そしてオランダの各戦争捕虜たち合計約61,000人、東南アジア各国から集められた労働者約20万人を使って、ジャングル、崖、固い岩肌をダイナマイトで掘り進み、そして何万人と命を落とした。


ダイナマイトで岩肌を掘る

線路が敷いてあったところを歩く 。 

DSCF0061.jpg


"地獄の火の峠" と呼ばれたところ。長時間の過酷な労働で多くの人が命を落とした。


24時間体制で敷設を進める。彼らのいるところには明かり取りの火が見える。
そしていつしか、ここはヘルファイアパス (地獄の火の峠) と呼ばれるようになったのだ。



今の世の中はとても平和で、国境を越えて恋愛もできるようになっているけど、自分の国と相手の国でそういう歴史的接点があったことを知ることは歴史を繰り返さないためにもどれだけ大事なことか。


最大の難所と言われたところにはミュージアム、Hell Fire Pass Museumが建っているのだけど、それを作ったのはタイ政府でも日本でもなく、オーストラリアなのである。入館料も寄付。


説明書きがタイ語と英語のため、だから日本人はここまで来ないのだろう、と思うけど、日本人こそ知らなくてはいけない事実なのに・・・ 館内で日本人に会うことはなかった。


当時の様子はカンチャナブリの街中にあるJEATHミュージアムでも知ることができる。

当時の捕虜が描いた絵があり、そこにははだしにふんどし姿で皮膚病、マラリア、コレラにかかりながら、
1日18時間も強制労働をさせられる彼らの姿があった。

Jeath-Museum.jpg


この"JEATH" は、5カ国の頭文字で、(Japan:日本, England:イギリス, Australia:オーストラリア, Thailand:タイ, Holland:オランダ ) から。
当初は DEATH(死) の名称にする予定だったが、あまりにもキツい言葉のため、JEATH となった。

外国人にとってはだしにふんどし、とは、相当な屈辱的な格好だっただろう。 同じように、日本人もシベリアや満州抑留で同じような扱いを受けている。


その後は、同じツアーにいたドイツ人家族と仲良くしてもらって話す。
今度は電車に乗って、その今でも使われているレイルの上を走りながら戦場にかける橋を渡り、宿のあるカンチャナブリに戻った。


こんなに夕日はキレいなのにね。

川はどこまでも静かで。

鳥の鳴き声が川面に反射して、人々は夕食のために外に出てきて。

その近くには戦争博物館がある。


歴史って、戦争って・・・ こういうことなんだろう。 ただただ空虚感がカラダを襲ってきてました。


続く

DSCF0046.jpg

次回からまたオモシロ旅記録に戻ります!
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タイ;戦場にかける橋

2008年 09月 22日 (月) | 編集
9月アタマに夏休みを取って、親友アポロとタイに行ってきた三十路・独身・オンナ2人旅。


いつもと違うのはバックパッカーではなくパック旅行。 


白いシーツで寝られるのね!!

毎晩ホットシャワーを浴びれるってマジでかー!!

トイレが水洗ってホント奇跡・・・



これらが『追加料金なし』のデフォルトで宿泊できるってなんてアテクシ、幸せものなのぉ~~!!

ベッドのシーツ代わりに寝袋広げてマイシーツにしなくていいなんて!! 大体、今回は寝袋持ってきてないし!


水シャワーで長い髪の毛洗って、『クソさみー!』 中、髪の毛が背中ニペターとついた瞬間、全身鳥肌とか、

シャワーでベチャっている共同トイレにトイレットペーパーを持っていくことすら面倒になり、ホースでオケツを手洗いするようになるとか、



そんなことも気にしなくていいなんて… オラ、幸せ…



それでも1日だけ移動して1泊ミニバックパッカーな旅をすることにした。


映画『戦場にかける橋』で有名になったカンチャナブリ。


市バスに乗って猛毒攻撃、切符切りジャイ子の圧迫攻撃、スコールによる暴風雨攻撃にも負けず、体力半分ほど消耗しながらカンチャナブリに着いた。


前回のお話の続きです。 こちら から一気読みしてください!

     ◆     ◆     ◆     ◆



1等バスの中で、アポロもアテクシも爆睡だった。カンチャナブリのバスターミナルに5年ぶりに降り立った。


『タクシー! タクシー!』


さっそく客引きが声をかけてくる。アテクシたちはその中でも一番安い人力車のサムローに乗って安宿があるエリアに移動した。宿が決まるまでサムローに乗せてくれると言う条件なので、宿の前で泊まっては部屋と値段交渉をして、そして次の宿を見て。


アテクシが5年前に泊まったときは、クワイ川の上に建つコテージ風のきたねー安宿(水シャワー、トイレ下の川に垂れ流し)だった。マットが床にひいてあって、ドア1枚はさんでトイレとシャワーがある部屋。


水上コテージで寝たい!!カエルの泣き声と、川の流れの上で寝たい!!



アポロもこんな宿でもいいと言ってくれるだろうか。 しかしいくつかの宿を見て回ったら、意外とどこもキレい。あれ? 結構雰囲気違うなぁ。

ベッドもキレい、掃除されてピカピカ、ホットシャワーがついているところがほとんど。 ああ、5年の月日が流れてかなりキレいになったなぁ、と感じるところばかりだった。


川の上に建つコテージもいくつか見て回る。

ヘドロのように汚れが固まったり、水草がよどんでいるところとか…

『・・・。 こういうところってさ、エネルギーの流れ悪いし、ちょっとヤバそうじゃね・・・?』

ムリ!! 水が汚れてよどんで、流れの悪いエリアってのはなんか良くない… 妖怪アンテナがバリ3。結局、アテクシが5年前に泊まった宿が増築して、一番川に面したベスポジに建てたばかりの部屋があるってことで、そこでファイナルアンサーとなった。


『サワディカー! スンマセーン! 泊まりにきましたー!』

若いオトコが現われた。ニコニコしていい人っぽいに3000点。

『何泊するんですかー?』

『1泊なんだけど・・』

『えー、1泊はもったいないよー 明日とかツアーに入ったらどう?』

『もちろんもっと泊まりたいんだけど、明日、バンコクに戻らなきゃいけなくて』

『それは残念だなぁ。』

『あ、私ね、ここ2004年に来たことがあるのよ~! 部屋が良かったし、雰囲気も気に入ったからまた来たの。』

『へぇ! また来てくれてありがとう』

ここで心を鷲づかみ作戦成功の予感。

『1泊いくら? ホットシャワーがついて川の上のコテージがいいんだけどなぁ』

『650バーツ(約2000円)だよ。』

『えーー。650って、50は2人で割るの面倒だから600にしてー』

『いいよー』


サックリとディスカウントに成功。 部屋に入った。


お昼を食べて夕方からクワイ川にかかる橋を見に行くことに。空にはドンヨリ重い雲が見えるのは… 気のせいだろう。

雨が降りそうな湿っぽさがあるけど・・・ 勘違いだろう。


30分ほど歩いてようやく橋にたどり着いた。


BK010076.jpg


クワイ川にかかる橋


そのたもとには

12.jpg




爆弾のモチーフが傍らにあり、ここがまさに戦火にさらされた場所だったことを改めて知る。
どのくらいの人間の命がここで消えたのだろう。

BK010124.jpg



近くには戦争博物館がいくつもあり、日本軍慰霊塔もあった。ちょうど時間が遅くて入れなかったのだけど、フェンスの中から犬が死者の声を伝えるかごとくワンワン吠えていた。

多分昼間でも私は足を踏み込めないような雰囲気を持っていた場所。




線路の反対には駅がある。 駅は人が出会い、別れる場所。今はとてもキレいになっているけども、どういう人々の思いがただよっているのだろうか。そう思うとやりきれなくなる。

つい数十年前の事実。

sta.jpg

                 手前左ではなく、一番奥左側が駅です。



橋に向かって歩いているときに出会った仏像はそれでも静かにそこに座っていて。

ああ、時の流れを歪めるのは人間自身なんだな、って思う。 人間はこんなにあたたかい笑みを造りだせるのに、それを壊すことも簡単なのだ。

buddha.jpg



この橋の建設には、戦争捕虜以上に、地元民の人々の方が労働に借り出され、多くが病気や事故でなくなっている。
今回来たら、前回はまだなかった新しい博物館があり、そこに行きたかったのだけど、今回は行けなかった。今度また来てじっくり見てきたい。


この場所の史実について、以前撮った写真も交えて次、記事を書きます。


続く

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スコールの中へ放出される

2008年 09月 20日 (土) | 編集
9月アタマに夏休みを取って行ってきたチキチキ☆タイランド。 

バンコクからバスで2時間のところにあるカンチャナブリに移動するのに、市バスでバスターミナルに向かう。 すでに体力は激しく消耗されている。

前回の続きです。 こちら からお読みください!



そろそろ市バスに乗って1時間が経つ。道も広いところに出てきたしもう着くよね? するとバスが止まった。 


トドのように爆睡ぶっこいていた、切符切りジャイ子が起き上がり、運転手も後ろを振り向いた。もう客は誰もいない。

   切符切りジャイ子の御姿を見たい勇気のある方は こちら参照


『ホラ! あんたたち! ここバスターミナルよ! あっちにはバスは行かないからここから歩いていきなさい! グッドラック!』


トド・ジャイ子がやっとクチを開いた。 旅をしていると現地語が脳内変換されてアタマに入ってくる。多分、こう言っていたに違いない。


しかし… 外は…



もれなくただ今、猛烈スコール中。

すげーー雨!!!!!!!!



アポロは折りたたみ傘を持っていた。 アテクシはバンコクのホテルに忘れてきた。 (←自称、旅慣れた人)


リュックにザックカバーをかぶせ、靴からビーサンに履き替えた。 防水ゴアテックスのジャケットを袋から取り出して急いで着たアテクシたちは、そのスコールの中によーしゃなく放出された。



ドシャーーー!!!!!!! 


ブォオオォォーー!!!!!(雨風渦巻く)




『とととりあえず、あの高速道路の下に避難よ!』



バイクタクシーたちも雨宿り。



そんな大雨の風景を写真に撮り始めるアポロ。 オイ!!!


DSC03185.jpg


↑この余裕の笑みは5秒後、夜叉のような形相に変化するのは言うまでもない


ってか、ウェブのプロフィールで顔出ししてるけど、いちおブログではモザイクかけときます… 

             こんな姿残したら嫁入りが遠のくし… あ、もう遠のいているんだけど…





ちょっと待てばスコールはやむのだけど、急いでいたアテクシたちは500mほど離れたバスターミナルに向かった。


雨に濡れるのはキライじゃない。 だけど、ただリュックのショルダーストラップの部分はザックカバーの外なので濡れるわけで、それが気になっていた。

ゴアテックスジャケットも上半身のみっつーことで、


すげーーー 濡れまくり、横殴り、ドシャーーー!!! 状態!!!  リバイアサンッッ




バスターミナルに着いた頃はズボンは足にペトペトくっつくし、パンツまで濡れまくり (←ヤラしい意味ではありません)。


1泊旅行だから着替えのズボンも1本(寝るとき用、兼翌日用)しかないわけで、カンチャナブリに行く前にバスターミナルですでに着替えるはめになった。


このバスターミナルがこれまた意味不明で軽くキレた。


バスターミナルは通常、ええ、日本では通常、切符売り場があって、『○○行き、△名』 と言えばチケットが買え、そしてそのバス乗り場に行けばいい。


しかし、魅惑の国、ザ・タイランドのバスターミナルはそう簡単に客にチケットは買わせないのだ。


さすが仏教の国、どこに行っても試練の連続なのね。 フッ。受けて立つわよ。 


市バスもスコールもバスチケット買うのも全部試練よっ! ジャイ子との出会いも試練よっっ。




まだ新しい建物の3階でチケットが買えるということで3階に上がったアテクシたち。

そこで目にしたのは


超ドえら広いフロアにきれいに並ぶ数々のチケット販売ブース。


一つ一つをよく見れば


『 ○○○ ~ □□□ ~ △△△』


のように、行き先ごとにチケットブースが分かれている。 その数およそ50以上。



遊園地のチケットブースを想像してみてよ! それが全部つらなって●●行きごとにブースがあんのよっっ。 


ええーーー!!!! この中から行きたい場所のブースを探せってワケ?!


こんなとこで宝探しゲームしている場合じゃないっちゅーねん!!


しかもブースは2列、とぉくはるかむこうにも見えるのは気のせいでだろうか… 酸性雨で目がかすんでいるだけだろうか・・・



『YOU! どこに行くの?』

タイ語で話しかけられた(多分、こう)。

『カンチャナブーリ。ファーストクラス』

『おー、アッチねー。ファーストねー』


リュックを持ってウロウロしていると数人が声をかけてくれ、そして無事にチケットを買った。

旅をしていると、こちらが迷ったり分からないことは、必ず誰かがいつも助けてくれる。 こんなん毎日いつも起こるし、不思議と人に呼ばれ、そしてこの連続で旅を続けられる。


1等バスにいよいよ乗り込み、2時間後カンチャナブリに着いた。


ゴアのジャケット脱いで専用袋に入れようとしたらどこにもない。 急いで着たため市バスの中においてきたらしい…。 (←自称、旅慣れた人)


続く


ってか、カンチャナブリ着くのにどんだけ時間かかってんだよ・・・
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タイ:市バスの悲劇

2008年 09月 19日 (金) | 編集
9月アタマに夏休みを取って親友アポロと行って来たのは、コップンカー☆タイランド。


何度行っても飽きることなく楽しい国。 北海道とか沖縄行くより安く済むし(5泊の旅費代考えると絶対タイでしょ!)、食事はウマい、人はいい、まぁバンコクの大気汚染で毎晩ホテルで鼻づまりになったけど、それでもアテクシ、タイ大好きです。

タイシリーズ、前回の続きです。 前回は こちら。



今回は初のパック旅行。でも、バンコクだけにいてもおもしろくないもんね。アポロはバックパッカーしたことないし。


『今回は1泊違う場所に移動するので、リュックを持ってきてね!』


と言っていたのでアポロは新しいリュックを持ってきてた。

バンコク到着3日目は、バンコクからバスで2時間のところにあるカンチャナブリに移動して1泊してくることにした。



ここ、カンチャナブリに初めて行ったのは5年前。 "戦場にかける橋" の映画で有名になった橋がかかっている。


バックパッカーをするときにはいつもテーマを持って旅に出る。 

5年前は 『第二次世界大戦での日本軍の爪あとをタイで見てくること』 だった。


旧日本軍がタイで行ったことを一つ、説明させてください。


旧日本軍はミャンマーからタイを横断してシンガポールまでの輸送物資を送るための鉄道(泰麺鉄道)を建設するために総長415km(東京~岐阜県ほどの距離)を戦争捕虜を使ってたった1年3ヵ月の工事で完成させた。

もちろん重機がある現在とは条件が違う中でのこの早さ。


イギリス、オーストラリア、アメリカ、そしてオランダの各戦争捕虜たち合計約61,000人、東南アジア各国から集められた労働者約20万人を使って、ジャングル、崖、固い岩肌をダイナマイトで掘り進み、そして何万人と命を落とした。


ダイナマイトで岩肌を掘る

線路が敷いてあったところを歩く

ヘルファイアーパス・・・ 地獄の火の峠と呼ばれるところ。長時間の過酷な労働で多くの人が命を落とした。




この歴史上から消し去られている事実、自分の目で確かめたかった。

ちなみに旅行会社やツアー会社が主催するカンチャナブリツアーは1万円近くしますが、自力でいけば

市バス(27円x往復)+ 1等バス(300円x往復)+ 宿(900円)+その他1000円

3000円 ほどですみますから!!! 

    現地ツアーに入ればもう少し上がるけども。


前回は水上バス~乗り合いバス~電車で移動をしたけども、今回は時間がないので1等バス(2時間、300円ちょい)で移動。


いや~~ ちょこぼさん! いつもと違ってリッチーな旅行ですね!!


って、


この1等バスに乗るまで1時間かけて市バスに乗り、アテクシ勇者ご一行のHPは激しく消耗した。

     ※ HP = 体力


カンチャナブリに行くバスターミナルに行くには、市内から市バスに乗っていく。
バスっていっても、日本のバスをご想像されないでください。もし今日本にあったら大クレームがつくくらいありえねーバス。

幼稚園の通園バスサイズ、ガタガタ、そして窓全開、埃まみれになるもの。
隣でアポロはマスクをし始めた。ウッ。アテクシも呼吸が苦しくなってきた・・・この排気ガスと空気の悪さ…


タオルを口にあてようとしてリュックを開けた。 あるはずのタオルが行方不明。



切符を売りに来るジャイ子似のおばさんにお金を渡し、アテクシたちは延々バスに揺られる。空気の悪さに疲労、会話も減る。


『ジャイ子さん、ちゃんとアテクシたちが降りるとき声をかけてくれるかな。でもさっき運転手にも行き先伝えたしね。わかるよね。』


バスはフザけたクラクションを鳴らしながら先へ進む。

DSC03178_.jpg



すると突然目の前に重い空気が漂ってきた。


『あれ?? もしかしてアレ、あの雲…』

そう言ったとたん、バスは嵐の中につっこんだ!


まるでそれは、空に線が引いてあって 『ここからこっちが大雨で、で、あっちは晴れね』 みたくなってるがごとく、ある瞬間からどしゃ降り。


イヤ、どしゃ降りというか、洗濯機の中にいる感じなのよ!! 入ったことないけど、あーゆーの!!


『あの~~!! 窓から雨が入ってくるんですけどーー! キョエエヘヘ~~~~!!!!!』


窓側で1人見えない敵との遭遇でバトルを繰り広げる勇者、三十路・独身。


急いで窓を閉めようとしたけど重くて窓がおりねーーー!! 


イヤ~~~ 埃まみれの酸性雨を浴びたくねーー!!
 
(←来年から世界一周する人)


日焼け止めが落ちるぅ~~!! (←ブログのプロフ写真くらい過去皮膚が変色した人)



後ろのタイ人のおやじが助けてくれて窓を閉めた。 フーー。 ってか、まだ酸性雨を感じるんですけど???

前の席の窓が壊れて下から10センチほど閉まらないらしい。 それが激しく後ろの席のアテクシめがけて飛んでくるのだ。


顔面酸性雨 (埃混み) に打たれるアテクシ。


チーーーーーン・・・・・・・・・・・


ちょっと、切符切りのジャイ子、どうなってんのよ! ちょっと窓閉めるの手伝ってくれてもいいんじゃないの??

jaiko.jpg




ジャイ子、ただいま業務放棄中。


ちょっと・・・ あんた・・・ 仕事しなさいってば・・・

こんなんで無事にたどり着けるのか。 HPが減りつつカンチャナブリを目指して勇者の旅は続く。

ってか、この記事ギャグなのかマジ記事なのか・・ マジ記事もお好きですか? 
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タイ:ツアーにヒデキ感激

2008年 09月 17日 (水) | 編集
9月アタマに夏休みを取って、親友アポロとタイに行ってまいりました! 今回で4回目のタイだけども、何度行っても飽きない大好きな国。 


ご飯はおいしいし、物価は安いし、交通の便も整ってるし、何より 『マジでムカツクーー!!』  という他国を旅していると頻繁に起こる気がおかしくなりそうなくらい意味不明な行動によりキレそうになる経験が全然なくて、むしろ助けてくれる人ばかりなのが(アテクシの経験では)、このタイという国です。


バンコクよりやっぱり北に南に行った方がタイのおもしろさはもっと上がるけども!



飛行機の中でアポロ窓側、3人がけシートの真ん中にアテクシ座る。

通路側、誰もいねー! ラッキー! と思っていたら最後の最後にパウパウ松村級の外国人が座る。


ああ・・・ アテクシが占領していた左腕のアームレスト、持ってかれたよ…!! クソー、負けたわ。 肉厚にはかなわなかったわ・・・



松村はハマり心地が悪いのか、右に左にカラダを動かし、そのたびに

『ハァ・・・・(怒)!!!』

とアテクシがココゾとばかりにワザとらしくため息をついても、松村気がつかず。


そんな密着24時な攻防戦 アメリカ(ロシア系?) vs ニッポンを繰り広げながら飛行機は無事、夜12時前にバンコクの空港に着いた。


『H○S Ciaoツアー』


というボードを持った青いシャツのおっさんのところに集まる。 ここで初めて、同じツアーに参加していた人が何人もいたことを知った。


30歳後半のオトコ2人組み、『いかにもオレたち、タイ慣れてるぜ~』な空気をかもし出してたり。

     どうせバンコクに来た理由はアレでしょーー 見え見えなのよ! よーしゃなく厳しい視線を送りつけるアテクシ。


キャハキャハカップル
     
     ちょっとー! アテクシたちなんてどんだけ久しくオトコと海外に行ってないと思ってんのー! ざっと数えて12年… えっ!! 自分に引いた。


くたびれたジャケットがよく似合う、窓際族代表 田中カチョー的な、デカいコロコロ持って1人で来てる50歳後半のおやじ。

     絶対仕事じゃないわよね。あー、この人ももしかしていい歳して絶倫系なわけ? いちおこっちにもよーしゃなくキビシー視線を送っておくか。



で、三十路で独身貴族なオレたち2人、この上なくモジモジしてツアーのおっさんの説明を聞く。

バスに乗せられすでに夜中12時半。 乗った瞬間アテクシは秒殺で寝たけど、あー、コレがパック旅行のラクなところ!


バックパッカーだと、

『ヨッシャー着いたーー!! 安宿街に移動する市バスをさがせー! えー! 30分待ち?! 仕方ねー!』

     1人空港でひたすらたたずむ。


『一緒に移動できそうな貧乏パッカーを見つけて一緒にタクれないか交渉してみるか。ああ、1人しかいねーし… 折半は割高だからムリ~!』

     でも声かけたから安宿まで移動できるバディ見っけてラッキー。



『リムジンタクシー アルヨー』

『つか、バックパック背負ってるアテクシに言うセリフじゃないでしょ! 相手を見ろっての!』

     つか、バックパッカーがリムジン乗ってたら明らかにおかしいっしょ。空気よめ。


だけど、パック旅行だと、バンがもう待ってるし。 コロコロは積んでくれるし。 バンもキレいだし。 ホテルチェックインまで面倒見てくれて、なんてラクなの…。


つことで、ホテルも一流ではなくとも十分きれいで、ってか、バスタブつきのホットシャワーなところで寝れるのね!! しかもエアコンつき?! 追加料金なしで?? シーツも毎日交換してくれるの?! いつもはマットレスだけだから持参した寝袋開いてシーツ代わりにして寝てるんだけど、ああ、シーツが真っ白なんて!!


アテクシの中では超リッチ海外旅行で、だっふんだーーーでひっくり返った。 ここ、ホントにタイなの・・・?


     さらに朝食つきだし。 Ciaoツアー、初めてつかったけど値段は安いしマジで満足。




だって見てみて! コレ、見て!

2日目なんて、コレですよ。 さぁ、なんでしょう。

P8310040.jpg


拡大図。




写真をちょっと引きで見てみると・・・

P8310041.jpg


ゾウが・・・


P8310044.jpg



買い物から戻ってきたらベッドの上でお出迎えしてくれてたりで! タオルなのよ~!

     いつもだったら起きたままの荷物やら洋服が、壊れかけベッドの上に散らばって、そのままなのに・・・ 感激・・


アポロと 『この折り方覚えて帰ろう!』 と言ってゆっくり解体作業に励んだが、一瞬でわからなくなったバカ2人。 動画撮っておけばよかったと激しく後悔したときはすでにゾウはいなかった。



3日目には1泊で『戦場にかける橋』のあるカンチャナブリに1 day trip 


そのカンチャナブリと言う場所は、第2次世界大戦のときに日本軍がタイとミャンマー(ビルマ)を結んでいた鉄道があったところで、

英語ではThai-Burma Railway と言われているけど、英語圏ではむしろ Death Railway (死の鉄道)と呼ばれている。


ってか、気がついたらいつも記事長いなー。 


このカンチャナブリは1泊だったけど重いところです。 写真つきでお話ししたいので、次に続く。


タイは土地によってエネルギーのアップダウンが激しくあると感じるけど… 
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成田でさっそくコレかよ!

2008年 09月 12日 (金) | 編集
『ちょこぼが好きなタイに行ってみたい! 屋台で食べたい!』


というリクエストの元にそっこー計画されたタイ行き。先週は夏休みを取ってタイに行ってました!  

今回はバックパッカーではなく、親友アポロと。実はこのウェブやブログのデザイン、名刺を作ってくれているのも彼女。 アテクシの一番の理解者であり、喜びも悲しみも共有してくれる人です。


かれこれ18年の付き合いなのだけど、かなり時間をかけて作ってくれてて、言葉にできないくらい感謝してます!!

     テキストはアテクシが書いてますが、このウェブデザイン、アテクシが作ったと思ってる方もおられると思いますが、マジで無理~~!



『じゃぁ、今回はウェブ作成のお礼ということで、私がタイを案内します! 任せて~~! 名づけて魅惑のチキチキ タイ旅行☆コップンカーツアー


つことで、彼女はホントに事前までガイドを読んでくることもなく、飛行機に乗ったらバンコクでした、の状態だった。



バンコクだけじゃつまらんからねっ。 1 day tripでもいいから違うところに連れて行こう。

『1 day tripに行きたいからちっさいリュックを持ってきてね!!』

という指令の元に、タイに行く前にアポロからメールが何度も届く。



『30Lのリュック買いました!』

『ゴアテックスのレインジャケット買いました! 超いい感じです!』

『タイバーツに両替しときました!』



おおっ! やる気満々じゃないか!! ふふ。バックパッカー根性、意外とあるのね。 じゃぁ、大気汚染のありえねー埃まみれのバンコク市内を、窓全開な吹きっさらし市バスに乗って1時間移動(日本円で27円)でも耐えてくれるのね?!

  ついでに幼稚園バス以下の大きさでイスもガタガタだけどー!コレはビッグなサプライズ♪ … うれしくねーーー



アポロとは成田空港で待ち合わせ。毎度のことながらバスに乗って成田に向かうんだけど、乗り物に乗ると、おやすみ3秒のアテクシはすぐに寝てしまった。


その間にも携帯に友人からメールが入る。


『気をつけてね~!』

    優しいのね、ありがとう!


『テーブルクロス買ってきて~! お金は払うから~!』

    タイまでパシってきます! 来年はアフリカでも買い物依頼とかありそうだな、オイ…



うとうとしながらも、『いや、飛行機で寝たいし』 と思って週刊文春を読んでいたのだけど、この揺れに弱いのよ・・・ きもてぃーーーのよね・・・ 


携帯は前座席の後ろにくっついているドリンクホルダーのところにひっかけて、アテクシは寝た。




プシュ~~~~~~


バスが止まった。 お? 今はどこ?



ちょうど検問のところに着いた。バスで成田空港に向かうと、空港に着く直前に検問があって、荷物入れのチェックと、乗車している人のIDチェックがある。


アテクシは寝ていたこともあって、急いでリュックの中からパスポートを出して顔面チェックを受ける。


イスラムの国だとここぞとばかりにガン見されたけど、ここ日本ではゆるくスルー。


『ご協力ありがとうございましたー!』

地球防衛軍は敬礼と共にバスから降りた。アテクシは第2ターミナル。検問を過ぎてすぐのところだ。
パスポートをカバンに入れていたら着いてしまった。


やべっ。 あわてて荷物を一気にリュックにつっこむ。すでにバスはターミナル前に止まり、荷物を出し始めているし!!


アテクシはバスから降りた。 はぁ~~ 腰いてぇーーー


今回は空港お迎えもあるしコロコロなのよね。ふふ。ちょーラク。 ああ、あの忌まわしく重いバックパックを背負わなくていいこのラクチンさ!!

昨日も準備をしてたけど、『迷ったら入れとけ!』 精神でどんどん荷物を入れられるのってホントラク(感涙)。


予定していたバスより1本早く乗れたので待ち合わせより1時間早く着いたアテクシ。 とりあえずアポロにメールをしよう。 着きましたよー、と。



確か携帯、ズボンのポケットに入れたっけ。

   ・・・あ、ないや。



リュックだ、リュック。 大きな方に入れたっけ? いや、携帯だと表のポケット側に入れるよな。

   ・・・あれ、ないし。



ガイドに押されて奥の方に入ったか。



   ・・・。



やっぱね!! やっぱりね!! 思ったのよ!! 忘れるかも、って思ったのよ!!



バスは無情にもアテクシの携帯を積んだまま第1ターミナルへ消えていった。


『ままま待ってぇえええぇぇ~~~~!!! アテクシのケータイが消え~たいっっ!!』



って、ダジャレっている場合じゃないのよ!!


今回は大事な電話もかかってくるからタイに携帯も持って行かなきゃだし!


着いて30秒、コロコロとリュックを背負い、タイパンツを履いてほぼスッピンの三十路オンナが、バスの荷物を降ろすピチピチヤングのスタッフ(オス)のところに歩いていった。


『あの・・・ 今着いた、○○駅発のバスの中に携帯を置いてきちゃったんですけど・・・』


大学生バイトだろうか。嗚呼、その二の腕ステキだわ。顔に光る汗もまた懐かしい… って、今はいいから!!


すると周りにいたスタッフ総勢4名ほどがアテクシを中心に円陣を組み始めた。


『どの辺りの席ですか?』

『○○駅発のバスですよね?』

『どの会社の携帯で色はなんですか?』


こういう客が多いんだろうな、と気がつく。成田に着いてウハウハ、寝てて起きたら携帯やらお土産忘れた、とかあるんだろうな…


『ホント、バカでグズでのろまでスイマセン… アタマもオトコ運も悪いんです・・・ イヤ、合コンの勝率は高い方なんですけど・・・』


すると、すぐさまヤングでピチピ(以下略)が、首にかかっていた携帯でかけ始めた。何かを話している。

『今、電話で確認したらまだ第1ターミナルにバスが着いていないので、着いたらすぐスタッフが確認しますっ』

ヤングでピチ(以下略)、顔もいいが、仕事の腕も上級ということが判明。ありがとう!!



その後、第1ターミナルのスタッフから電話があり、アテクシの携帯があったと。しかも、その後またグルッと回って、バスの運転手が携帯をここまで届けてくれると言う!!!


なんてありがたいの~~~~!!!(感激)


1時間前に成田に着いたけどそこで結局25分ほどロスり、無事に携帯は戻ってきた。


それにしても、その間、成田空港にバスが到着するたびに若い女性、男性スタッフが本当によく働いていた。すぐさま駆け寄って、運転手に挨拶をして、男性がすぐ荷物を出す。
乗客に丁寧に荷物を渡し、同時に2台とか着くと分散して走り寄って荷物を出し、見送りをして、次のバスへ走る。

なんか妙に感心して見てました。


アテクシには空港ありがたくないサプライズがよく起こる ・・・ なんなのこの、世の中の不幸を喜んで背負います的なのは。 そこまでMじゃないんですけど、アテクシ。 

          どちらかとゆーとS・・・ やっぱMか… イヤ、ときと状況(以下自粛)



アポロと合流して、いざバンコクへと飛び立ったのであった。


タイシリーズ 次へ続く


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Photo Gallaryを更新しました!
Photo Gallery "Breath"

今回は高野山と日光のショットを入れてます!

9.11が起こった日

2008年 09月 11日 (木) | 編集
7年前にあの9.11が起こった。


世界中の人々はあの出来事を初めて目にしたとき、自分が誰とどこにいて、何を思ったか、強烈に覚えているんじゃないかなと思います。


私も今でもあのショックは強く残ってて。 アメリカ留学をして秋学期が始まってすぐの朝だった。


日本の大学を卒業し、夏からカリフォルニアに留学していたあの時。 朝起きたらルームメイトがリビングでTVをジッと見入っていて大きな声で話している。
ちょうど目の前でビルが崩れ落ちて。飛行機がつっこむ。繰り返し同じ映像が流れる。現地消防隊員の模様、後は・・・ 覚えてない。 

『これ、本当に今、起こっている映像? え? なんで? なんで?? 誰がどうして? こんなことって起こるの??』


ルームメイトが学校に行ったらその日は休校で、ショッピングモール等もその日、翌日はclosedされていた。
すれ違う車のほとんどが、その後数日間 "United We Stand" のフラッグを掲げ、掲揚されている旗も一番上まで上がっていることはなかった。


混沌とした、あの朝のことを私は今でも覚えている。その年のクリスマスはNYに住む友人に会いに行ったけど、エンパイアステートビルから見る景色は、今までのそれとは違うものになってて、むこうの海が見えたのがまた現実を思い出させた。

クリスマスパレードもなく。デパートの装飾はいつもよりおとなしめにしていた。ただただ、ロックフェラーセンターのクリスマスツリーはビルの間でひっそりと、そして煌々と、クリスマスだってことを思い出させてくれたな。


今日はタイのことを書こうと思ったけども、9.11のことを思い出してやっぱりやめました。


人間って・・・ なんだろうね。 どこまでも悲しい存在なのかな、って思う。



久しぶりにPhoto Gallaryを更新しました!

Photo Gallery "Breath"



今回は日本のみで、高野山と日光のショットを入れてます!



また次回からタイ爆走記・・・ いや、今回は旅行に近かったので爆走はしていないかな? いや、そういえば食事に関しては爆走してた。

記事アップしますにょ~~!

9.11のとき、どこでどうしていたかやっぱり鮮明に覚えておられますか?
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子宮頚部検診結果

2008年 09月 09日 (火) | 編集
長らくブログを更新してませんでしたが、復活いたします!  リレイズ~


って、夏休み前から、夏休み中、約2週間ほどブログ更新をしていなかった中でコメントやメールを下さった方々、どうもありがとうございます。
返信遅れててホント、申し訳ないです。


ブログって不思議なもので、読者さんを直接は見えないけども、大事な関係を築く一つのツールとなっているので、更新していないとさみしいものであります。


話すことが多すぎなんですけども、女性読者が多いこちらのブログ。 まずはご報告。


会社の健康診断で再検査になった子宮頚部組織異常の結果が出ました。


子宮ガン検診では、結果レベルは1~5というのがあり、1~2の人は問題なし、4~5の場合はガン細胞と認められるため、処置が必要。

私はその中でレベル3-bという、3の中でも4寄りの結果が健康診断で出たので再検査になり、先日、総合病院で検査をしてきました。



再検査通知を受けたときも、検査を受けるときもあまりビビってたり、ショック、ということも全然なくて。
ああ、私もこういう年齢になったなぁ、って思って、それよりも、来年からの旅で定期的に検診とかなっても、もう無理なんだけど!! ってそればかりが心配で。


ほんでもって、タイに行く前日に受けて、タイから戻ってから結果を聞きに行きました。


予約をしているのに、 『○○先生は病棟で急遽、処置が入ったため、外来診察を一時中断します』 という土壇場の悲劇に見舞われるアテクシ。


今日、検査結果を聞いたら箱根に行くのにー!! 友達待たせているのにー!!



デタヨーー デタヨーー いつも重要なときにコレですよ・・・ タイミングの悪さはオトコ運に続いて自信あるわよーー



10時の予約で、結局先生に会えたのは12時前。


『あのー・・・ 検査結果は出たでしょうか』

もしかしたら今日はまだ検査結果が出てないかも、と前言われたんだけど・・・ 

前回のエコー検診では、ちっさい筋腫も見つかったとか言ってたし・・・

ってか、旅があるわけで・・・ ここで足止めくらっている場合じゃないのよ!!!


『あ~~ 出ましたよ。結果はね・・・』









まったく問題なし



・・・・・・。


チーーーーン・・・・・ 


『レベル1だったよ。最初のクリニックでは3-bって出たのにね。でも問題ないよ。』



なんだとおおぉぉぉーー!! 



どんだけアテクシの気持ちを踏みにじってくれたのよ!! あの検査費があったらインドでどんだけリッチな生活できたと思ってんのよ!!!


検査は最後、痛かったし!! あのガンダム操縦席 ~急上昇中~ なイスに座らされ、ベテラン看護士には


『カーテン閉めますか?』


とか聞かれ、ってか、



アテクシも自分がモロに処置されているところを生身で見るほど挑戦者じゃないわよ!!!



ってことで、閉めてもらったけど、最後、パチンと組織を取ったときはマジで痛くて 『いでええぇぇぇーーー!!!』 でした。ホント。



結局一晩、出血は止まらなかったし…

セーリの血と違ってキレいなものだから、ストーーンと落ちてくるわけで・・・

翌日からタイってことで・・・



精神的に参りましたよ、さすがにアテクシも・・・

     


最初のクリニックでは3-bという、ガン細胞に近いものがあった結果が出たのだけど、そのときちょうど、セーリ終了直後だった。

『最初に検診を受けたときは3-bレベルだったけど、今回までにそれがなくなったとは、期間が短いし考えずらいしね。 だけど、定期的に検診を受けた方がいいですよ。』


ってことで、3ヵ月後に予約を入れようとする先生。

『せんせいっっ!! ちょっと待った!! ここの総合病院だと会社を半休しないといけないんで、会社近くの婦人科でもいいでしょうか!!』

『それでも大丈夫ですよ。まぁ、レベル1だから、半年後でもいいかもね。』 



病院ってどんだけテキトーなの・・・




アテクシは病院自体、全然信じてないところがあって。
我が家では必ずセカンドオピニオン、特に重い疾患の場合は2つの病院に行くことにしてる。

だいたい、最初にレベル3-bで散々ビビらせておいて、総合病院でレベル1。 定期健診は3ヶ月でも半年後でもいいよ、とか、


何もワケわからん、知らない患者にとってはあまりにもあいまいすぎじゃないか!!!


     だから最近では病院で対処療法を続けることをやめたアテクシですが、この話はまたいずれ。



来年の春から世界を周りながら取材をしてくるけども、今何を準備しているかというと、体力の方面。
アテクシは体力よりも精神力の方が強すぎて無理をしがちになってしまい、気がついたら体に異変が起こってることが多々にある。


いかんなー・・・  とりあえず問題なさそうだし良かったです。


次回から、緊急非常事態宣言の出ていたさなかに旅行していた、タイレポをアップしてまいりますので、またヨロシュー!


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