FC2ブログ
  [ HOME ]   

スポンサーサイト

--年 --月 --日 (--) | 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クライマーズ・ハイ

2008年 07月 31日 (木) | 編集
クライマーズ・ハイは去年、強烈に勧められて小説を読んだ。 


久しぶりの大作。 ものすごく内容が濃くて、自分自身の中で消化するのに、しばらく時間がかかった。


内容は簡単に話すと、1985年8月12日に群馬県の御巣鷹山に落ちた日航ジャンボ飛行機墜落事故。
筆者が実際、現地の新聞記者だった経験をもとに、新聞社側から書かれた小説です。

友人に勧められて本を読むって実は、あまりしない私。 本屋でジックリ選んで買うのが好きだから。


でも内容を聞いたとき、これは読まねば、と思って読み始めたら・・・ 会社でお昼を食べながら読むくらい、もう止まらなかった。


あの墜落事故を目の当たりに取材、新聞作成をする人たちは、みないろいろな意味で精神が普通の状態ではなくなってくる。


新聞社という過酷な仕事という意味もあるけれども、彼らを通して遺族、読者、新聞社の軋轢、事故のすさまじさ、ダイレクトに現場の喧騒が伝わる。

凄惨な描写は全然なく、人間模様を通して伝わる事故の模様。 阿鼻叫喚の現場に踏み込む記者。 悲劇のウチに突然家族を失った人たちへ事実を伝えること。 地元新聞社の意地とプライド。



著者の横山秀夫も小説を書くのにあたり、相当な時間を要したらしい。 簡単に過去の事実として理解することがたやすい事故では決してなかったからだろう。



読み終わってさっそくネットでいろいろと調べたのだけど、あることに気がついた。


どれだけ探しても、実際、その事故現場に足を踏み込んだ人の現場状況が書かれたサイトがない。 関係者サイトがほとんどない。


520人の命がなくなり、その半分以上は五体そろって弔われず、とうとう2名に関しては身元確認すらかなわなかった事故。機長は歯のみで人物確認がされたという事実。
真夏、火事、山奥、政府不手際のため現場到着が遅れ、墜落時の損傷、DNA鑑定技術の不確立、その現場は想像を超えている。


ああ、その事実を伝えるのは、その人間の記憶が20年たっても消化できるものじゃないから、サイトもないんだ、とわかった。


『本当に今迄は 幸せな人生だったと感謝している』


死の恐怖と直面しながら書ける遺書かと思うと、読みながら涙が止まらなかった。 小説を読んでいたとき、ボンヤリと現場のことを考えていて、通勤中も上の空で。


航空機単独事故では世界で最悪の事故-- これは日本人なら知っておくべき事実。 強く読んで欲しい1冊です。

クライマーズ・ハイ (文春文庫)クライマーズ・ハイ (文春文庫)
(2006/06)
横山 秀夫

商品詳細を見る





『クライマーズ・ハイを映画でどうしても観たい』

友人と新宿の映画館で観たのは先週末。 どうしても観なきゃ。 
当時の映像は全然記憶になく、後から特別番組とかで見た部分的にしか分からない。 あの記者たちの1週間を追ってみたい。


今回、この小説が映像化されたことによって、地元新聞記者視線で、それぞれの現場の悲劇を少しすることができた。


520人が亡くなり、どれだけの人の涙が流れたのだろう。

一度の事故でこれだけの人の命が消えるってどういうことなんだろう。

私も死ぬ間際は感謝と言う言葉が出てくるか。




やはり時間の限られた映画の中では、もっとこの場所を膨らませて欲しかった! という、小説から入った人間の意見はあるけども、

実際、著者が経験した事実に基づいている部分が大きいから迫力がある。


小説派の私としては(ネタばれじゃないけど)、地元の新聞社がいわゆる全国紙が一面記事から外した後も、その後長いこと日航機事故の記事を書き続け、こと細かく遺書や状況を大事に載せ続けたというところを、これから見る人に補足したい。

ここ、映画では全然触れられていないのだけど、これが地元紙が存在する所以だから最後、カットして欲しくなかったな。



日航機が墜落して、今年23年目の夏を迎える。 


↓↓映画を観たらやっぱり小説を読んで欲しいです↓↓

人気ブログランキングへ   にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ
スポンサーサイト

写真を撮ること

2008年 07月 30日 (水) | 編集
以前書いていたブログから、引き続き読んでくださっている方々! コメントやらメールをいただいて本当にうれしい気持ちでいっぱいです。


顔をさらしてしまいましたが^^;  もうやけっぱちよーー


写真についてコメントやメールをいただき、恐縮してます。 お返事が間に合ってなくてホントすいません!!
でも 大きなおおきーーな励みになってます!!!


Photo Galleryの写真はほとんどがコンパクトデジカメ、いわゆる普通の小さいデジカメ(カシオ)で撮ったもの。
Frame The Sky という、空をひたすら撮っているシリーズだけは一眼で撮ってます(エジプト)。



ワタシは実際、この写真たちって自宅PCの中に眠っていたもの。ただ自分が旅のことを思い出しているときとかなんとなく見てただけだった。


ワタシの親友はその写真を見たとき、


『もっと表に出すべき! こんなPCの中に入れておくのはもったいない!』 


って散々言ってくれて、で、調子に乗ってブログを書き始めてて、気がついたらこのウェブで公開することになっていた。


人生ってわからない。 


社会人3年目までは合コンとか週2で行きまくってたこのワタシが、今ではそんなことより、文章書いたり、写真を撮ったりすることが楽しいなんて。 


18歳当時の予定では、三十路には子供が2人いたはずなのに、人生、一大スペクタクルを迎えようとしている現在。


     ドユコトー! 過去、ダメオトコ3人と付き合っちゃったりしたのも少なからず影響大きいわよー!



でも、これって不思議なんだけど、ワタシは写真を習ったワケでもなくって。 やっぱり旅を長くしていると、それもバックパッカーで旅っていると、こう、精神がとぎすまされているのは感じる。


この土地を自分で移動して、悠久の遺跡、生命があふれる山の中、生活を営む街を歩いていると、どんどんと自分自身が大地に溶け込んできて、

その瞬間の美しいところというのがだんだんと見えてきたりする。 ワタシはその一瞬を偶然、ワタシというフィルターを通して撮っているだけで、その結果が皆さんが見てくださっている写真たちだったりします。


世の中は本当にシンプルにできているなぁ、 だからきっと、ワタシもシンプルでいいんだろうなぁ、って思う。



だから数ヶ月旅って帰国した後、自分が撮った写真を見ると 

『え? こんなん撮ってたっけ?』


っていう、何かが乗り移っていたような1枚があるときがある。 今、撮ってこい、って言われても精神のスイッチが入ってなければ撮れないような。


って、ワタシの写真ウンチクはもうそろそろどうでもいいですよね。


ところで、先日、


旅をしながら仕事をいただけることが決まりました!! 


うううれしいいぃぃ~~~~~!!! 


        泣いていいっすか・・・・・・・・



まだ企業名をお伝えできなくて苦しいのですが、皆さんが知ってる企業さんです(泣)!!!  これはワタシからも願ってもないありがたいお話しで、ホントに奇跡・・・。 


ここで運を使ったばかりに、これでまたオトコ運が落ちたことはいうまでもなし。




    チーーーーーーーーン・・・・・・・・ 


                  むしろ落ちっぱなしーー いつまで落ち続けるのーー





企業さんからの提案企画はものすごくおもしろいものでした。 楽しみにしてて欲しいです。 詳細はしばらくお待ちいただきたいっ。



やっとウェブの方向性も決まってきてブログも新規記事をどんどん更新して行きますんで!!!



え?待ってねー? そんなことおっしゃらずに・・・・



読者の方からいただいたメールに、


『ちょこぼさんが掲載されたAERA 6月9日号を図書館で借りようとしたら、この号だけ1ヶ月待ち、って言われました(泣)』


と書いてありました。


意外と借りて読んでいる方が多いんだなぁ。  他の方からは、


『キャサ・・・ じゃない、ちょこぼさんが遠い感じになってしまいました』 

というコメントをいただいたりしましたが、


    そんなこと言わないで~~ 哀しいわよ~~


アテクシは遠くないです!!! 


裏ミステリーハンターを勝手に名乗ってるイチ、ニッポン女性なので、


     ってか、むしろ、リアル・ミステリーハンター だってばさ!!



これからもアホな記事にもマジメ記事にもぜひお付き合いください^^


アホな記事ってここに書いていいのだろうか、かなりビクビクなんだけど・・・



↓↓今回から新しい記事を書いていきます! クリックをぜひ~!↓↓

人気ブログランキングへ   にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ

アメリカでキレる

2008年 07月 29日 (火) | 編集
ハナタレ、頭痛、咳ゲホゲホ、その上熱まで出て、まさしく人生大フィーバーなときを、この新大陸アメリカで過ごすワタシ。


留学する候補の学校とエリアの下見に来たはいいけど、ああ、カリフォルニアよ、オマエは想像以上にデカいな。 

しかし行かねばなるまいっ、行けっ、光の戦士、ワタシ。


アメリカ上陸、初日の夜を迎えた。

前2話の続きです。 こちら  を先に!


--------------------------------

           
昼過ぎに安宿に着いてから爆睡していたワタシ、夕方になって目が覚めた。


汗をかいている、ああ、そういえば長時間フライトもあったしシャワーを浴びたい!


寝たらかなりスッキリしていた。寝るごとにカゼの調子は良くはなっていっているのを感じる。今思えばそれは思い込みに過ぎなかったんだけど。


部屋はトイレと洗面台、TVもついていた、いわゆるプチホテルのような感じ。 ただシャワーは共同なため、部屋の外にでなくてはいけない。


部屋から出るワタシ。 カーペットが引かれ、木のドアが並び、長い廊下が続く。 シャワールームはワタシの部屋の3つめのドアだ。



音は聞こえない。ウン、ダレもいないようね。

ルンルンでドアを開けた。


いきなりシャワーブースの個室出現(2m四方)。


どこに靴脱いで、どこに洋服置いて? ってか、え? は?? 


ウチのトイレと同じくらい狭いここで、どこにどうかけりゃー洋服は濡れないワケよ?!



そう、靴は廊下に並べて入り、ドアを開ければいきなりシャワーブースになっていたわけで、

脱いだ服は内ドアにあるフックにかけなければいけないのであった。


萎える。 



考えてもみてよ!



女性用の靴を廊下に出してシャワーを浴びて、



その様子をドアの間からコッソリ見られていて、


そんでもって夜、部屋に押し入りされて、そんでもってアーレーでしょ!!




そんなアメリカB級映画のシナリオが作成されていくワタシのアタマの中。 ああ、今ならいい脚本書けるか。 いや、ワタシはアメリカでコンピューターを学ぶんだったわ。


一度部屋に戻る。 

バックパックにビニール袋を入れてたはず。

それを2つ持って再度出陣。



すばやくシャワールームに入ったワタシは、脱いだ靴をビニールにつっこんだ。洋服とバスタオルももう一つのビニール袋に押し込む。袋からタオルが飛び出る。


シャワータイム10分で終了させる。


こんなとこでゆっくりシャワー浴びる女性は、そいえばKANって最近歌手しているのかな、って気にかける人と同じくらい少ないだろう。



まだ日が昇っているウチにデリーに行って夕飯とか明日の朝ご飯を買ってこなければいけないし! カゼ引いているけど! こんなんホテルでシャワーも普通に浴びれないけど! 誰も助けてくれないのよ!


シャワーを浴び、部屋に戻って、すぐホテルを出て買出しに行った。

痛感する。

クルマがないと何もできない、ザ・L.A.。

LAは特にクルマ社会。 ああ、昔の彼が言っていたのを思い出す…。


もし今のワタシだったら迷わずレンタカーで回るけれど、当時のワタシはそんなこと思いもせず、とにかく、このLAを早く脱出したかったのだ。


同じストリート沿いにデリーショップを奇跡的幸運に恵まれ発見し、チーズだの、チリコンカンとか、マカロニサラダとかそーゆーのしかないのだが、


ああ、日本のおでんが食べられるコンビニを懐かしむ自分、

リンゴとバナナとラザニア、オレンジジュースを買って帰り、部屋でTVを見ながらそれを食べて、風邪薬を飲んで寝た。


アメリカ上陸、初日、平和のウチに無事終了。翌日もカゼを治すために終日睡眠。



アメリカ3日目。

いよいよ今日は最初の学校まで移動よ!


あの、

ロサンゼルスのグレハン乗り場は非常に危険なエリアにあるため


と、ピンポイントで書かれていたバスステーションへカチコミに行かねばなるまい。


タレントでもない自分、ここで波乱万丈な旅をしたからってうるるん大使にもなれないし、ミステリーハンターからもお声はかからない。


静かに普通に移動をしたいのだけど、とにかく身の上に予想外が起こり続けるわが人生。



バスとメトロを乗り継いでようやくついた、LAのダウンタウンにあるユニオンスクエア。 ここから今度は市営バスでグレハン乗り場まで行く。


朝ごはんを食べていなかったワタシは、ユニオンスクエアからちょっと歩いたところに見慣れた黄色い看板を見つけた。



デニーズ! 



すごい寒い日に冷たい足で外に出て、ザブンと露天風呂に入った、あの瞬間のような、そんな時間が訪れる。しばし心の休憩を楽しむ。



しかし旅人に心の休息はない、光の戦士は立ち上がる。 オンボロバスに乗るために。 朝デニを終えて、バスの時間になる頃に店を出た。 


そして事件は起こった。


ドアを出ようとしたワタシ。 そしたらちょうど誰かが入ってこようとした。


よけるワタシ。 相手を見る。 あ、こりゃ先にこのおっさんを中に入れた方がいい。 怪しいオーラを発するオトコ、楳図かずおに出てくる顔が崩れた系みたいな。


ワタシが生まれながらに持つ、社会的本能、自衛本能、逃走本能、運動本能、繁殖本能・・・ いや、繁殖本能はないが、すべてが超マッハで働く中、


そのオヤジが身を引いて、ドアを大きく開けた。


お? さすがレディーファーストな国ね。いいオヤジじゃないか。人を見た目で判断しちゃイケないのね。

初めて顔を上げたワタシ、オヤジを見る。

"セキュリティ" と書かれたキャップをかぶっているのだけど、


あきらかにルンペンなんですけど??


え? 浮浪者? それともホントにセキュリティ? ああ、楳図かずおじゃないわ、稲中に出てきたサンチェじゃないか! こんなところで会えるとは!


無知なワタシ、ドアから出た。 


これがそもそも間違いの元と気がつくのは少ししてからだった。



『Change Change チェンジ』 


サンチェが手を出してきた。 へ? チェンジ? チェンジって・・・ 何を交換??


『・・・。 え?』


セキュリティでしょ? え? 違うの?? 


『チェンジ!』


ビビるワタシ、えー! ヤバい警報が鳴り響く。 チェンジって。あ! 確か名詞で・・・小銭をポケットから出してワタシに見せたオヤジ、そうだ、小銭っていう意味だった!


結論。 やっぱりこのサンチェはルンペンだった。


ドアを開けたんだからチップよこせ、と言ってる。 仕方ない、チップあげなくて何かされてもイヤだ・・・ ただでさえ弱ってるのよ、ワタシわ!!


25セント硬貨を2枚渡す。手と手が触れないように細心の注意を払う。


『ノー イングリッシュ ノーノー!』



受験英語のchange=小銭、生きた英語を学んだワタシ、一生忘れることはないだろう。


初めての英会話コミュニケーションはルンペンだった。



こんなアメリカ嫌いだー!泣きながらダッシュで走り去るワタシ、後姿はまるでのび太。 ドラえも~~ん(泣)!


市営バスに乗った。ヘッドフォンつけて音楽を聴いているナメくさったバスの運転手に


『グレハンのバスステーションで降ろして!!』


イライラを当り散らし、映画で見たことがあるようなスラム街の街中を走るバスの中で心を決めた。


ここまでしたのなら、本気で留学がんばるしかないわっ。  こぶしを握り締め空を見上げるワタシ、進研ゼミのCMに出ている不自然な高校生たちといい勝負。


グレハンステーションはでっかい荷物を持った、明らかに移民だの、怪しい人々がたくさんいて、ワタシはといえばイスに座っておとなしくしていた。


自分のバックパックが無事にバスに積まれるのを見届けてバスに乗り込み、朝より熱が出てるんじゃね? イヤ、これは思い込みよね? ワタシはなぜか平和に移動ができない。

気合の新大陸上陸

2008年 07月 25日 (金) | 編集
大学4年の冬、卒業式前日のある日。ワタシは卒業翌日から行く、留学するアメリカの大学の下見に行くべく準備をしていたが、近年まれに見る風邪に見舞われ、幻想と現実のハザマを漂っていた。


マジでアメリカ行けるのか??!

前話からお読みください、 こちら  から!


----------------------------------------

咳が止まらない、鼻がたれまくり、アタマは痛い、そして


高熱でカラダの節々が痛い、


ああ、


数年ぶりに大風邪を引いた、




渡米2日前・・・ 



留学する学校の下見に行ってくるのに、航空券、捨てられないし!!!



留学本番前に数十万、自腹切るって・・・ 



100万貯めなきゃいけないってのに、 


神よ、こんないたいけなワタシを見放すんか、コンニャロ!!!




い、いや、ワタシ、こんなニッポンのベッドの上で傍観しながら飛行機が飛んでいくのを見届けるためにバイトをがんばっていたわけじゃないわよ!



友達は卒業旅行とか言っちゃってヨーロッパ行ってるわよ! ワタシは1人アメリカって、はぁぁ? ベッドの上で幽体離脱で終了??




ナメちゃ~イケないわよ。

負けないわよ、ワタシわ。






母親に病院に連れて行ってもらうワタシ、地元のいつものところじゃないわよ、大きな病院に連れて行ってもらった。




ハナタレなワタシ、先生に症状を訴える。




『すごい風邪ひいぢゃいまじだぁ・・・』 


鼻つまり、日本語もうまく話せず。


『どれどれ』


一通りの診察をするオヤジ。 


『結構ヒドいね。んじゃ、1週間分、薬出すね』


ぢょっどぢょっどまっでぇ~~~


『先生、あのぉ・・・ 明日、どうしても卒業式に出たいんでずー』


最後の日なのよ、ワタシの学生時代の!こういう儀式も最後なのよ!


『ぞ、ぞれに・・・ あさってからアメリカに行くんでずー』


そうよ、こっちが本番なのよ、実は。 こんな調子で学校周れってか?!


『アメリカかー、どれくらい行くの?』


『2週間』


『友達と?』


『1人で』


『むこうに友達とかいるの?』


私:


バックパック背負って、身寄りもない中、宿の予約も初日しかしてなくて、全部その場その場で、

しかも怪しいエリアにあるイケてないバスに乗って、1人で学校周りするんだってばよ!!!!






ぬあっ!!






自分で言ってビビるワタシ。ええ??? マジでこれは可能なのか?このカラダで??!


このカラダが痛いのとアタマが痛いのだけはどうにかしてくれ、金はいくらでも払うわよっ。(親が)




注射と点滴を受けるワタシ。



生牡蠣で食中毒になったときだって、家族で唯一、点滴を受けずに乗り切ったワタシとしたことが!!!




ってか、



そんな武勇伝、今はどうでもいい。




小さい頃から人間サイボーグだの、カラダがマグマだの、原子力で動いているとか言われ続けて育ったワタシだったけど、それなりにか弱き乙女ということが判明する。




それでやっぱり、注射と点滴をするとカラダって復活するもので、翌日の卒業式は無事に出席したのであった。



あんなに卒業式に出たい出たい言っていたが、



ぶっちゃけ意識は飛んでいたようで覚えてない。




そして卒業式翌日。 アメリカに行くわよ、気合はあるのよ!!




以前、友人とニュージーランドをバックパッカーはしたことがあったが、 1人でバックパック背負って海外に行くのは、実はこのアメリカはカリフォルニアが初めてだったワタシ。



今ならわかる、



アメリカに1人旅、バックパッカーな旅は相当しづらい。



よくやったな、と今思い返しても自分に拍手を送る。


渡米当日は地元の病院に行き注射を打った。


注射、点滴はスーパーサイヤ人のように一時的に急激復活を果たすことができる。 だから飛行機の中ではシンドくなく、しかし爆睡。 

食事も取らなかったので、普通に寝て起きたら、あ、アメリカだった、という状態であった。



アメリカ カリフォルニアはロサンゼルス。


嗚呼、3年前の夏休み、当時の彼とここに立ったわ。 あのときは英語も話せず、彼に何もかも頼りっきりで、まさかワタシ自身が単身バックパック背負って留学する学校の下見に来るなんて夢にも思わなかったわよ。


1人感慨にふけるワタシ。 


        鼻水たれる。



初日の宿だけは予約をニッポンから取ってあった。 LAの空港からは、以前、彼と来たときは 『乗り合いバンタクシー』 で移動したっけ。




空港前にバンタクシー乗り場があって、自分が行く方向に行くバンに乗れば、ホテルの前まで連れて行ってくれるのだ。 なんて便利。



ハァ・・・ なんか飛行機乗ったらまた体調悪い感じがするのは、気のせい? 





そうね、気のせいに違いない。





ワタシが取っていたのはハリウッド近くにあるブランドストリートで有名なロデオドライブから4ブロックほど離れたところにあった、1フロア5部屋くらいの3階建てな小さい宿だった。





チェックインをする昼下がり。 黒人の太った女性、真っ赤なマニキュアをギラつかせていた。



『コニチュワー 予約しているんだけど』


『コニチュワー、名前は』



チェックインをするワタシ。




当初のスケジュールだと、初日は1泊だけして、明日からまず内陸側から数日かけて北上しなきゃいけなかったのだが、




『1泊のところを2泊に変更できる?』



2泊に変更、部屋に入る。 水を飲む。



ベッドにぶっ倒れこむワタシ。




その後、記憶途絶える。 

       

       チーーン。 





夕方目を覚まし、腹減った・・・。 汗かいてるし、シャワー浴びようと思って共同シャワールームに行ったら、これまた驚きのシャワールームだったわけで。



か弱き乙女の新大陸縦断記、続く。


↓↓過去書いた記事をリライトしちょります!クリックお願いします^^↓↓

人気ブログランキングへ   にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ


アメリカヘロヘロ記

2008年 07月 22日 (火) | 編集
18歳のときに行った、アメリカはカリフォルニア。ロサンゼルス~サンディエゴ。


当時の帰国子女の彼の実家に遊びに行ったとき、ビーチから夕日が落ちていくのを見ていた。

大きな空に "こうこうと燃えるような" 太陽が海に落ちて、空がグラデーションを見せたとき、ニッポンとは全然違うこの場所にワタシは大きなショックを覚えた。


こ、こんな広い世界があったなんて!!!



        ガーン ガーン ガーーン・・・。



深い衝撃を受けたワタシ、ぬああぁぁっ。 まさにワタシが求めていた光景って、まさにこの地球パワー!



社会人になる前に、自分が国際感覚を養う必要があるんじゃないか?

ニッポンだけで育って社会に出て結婚→出産→子育てをするのか、自分??



分かっている・・・両親はワタシにそういうルートを辿って欲しいのだ。だけど・・・ ワタシは・・・


それで、大学2年の頃から親には 『就職しません、アメリカ行きます』 と言い続け、両親の猛反発をくらいながらも大学の就職セミナーとかもことごとく行かず、せっせとバイトと英語の勉強に明け暮れた19~22歳のとき。



ウチの両親と言えば、

『大学4年間も行ったのに、まだ親にお金を出してもらって留学なんて何言ってるの?!』 

と大反対、って、今思えばそらー納得です。


留学は実際お金もかかるし、両親の心配と言えば子供が思う以上のものだろう。 でもどうしても留学をしたく、一時はバイト3つ掛け持ちをしながら、大学がない日も朝から事務バイトをしていたわけで、

『留学前に自力で100万円準備して、帰国後に100万円返すから留学させてください』

最後は泣いて説得をし、そうしてワタシは親の了解を得たのであった。(全然足りない金額だけど…)

ちなみに帰国してから就職後、1年間で100万返済してます。



留学先で何を勉強したかったか・・・ 大学生のときには自力で英会話をある程度マスターしていたワタシ。


当時、映画TITANICが大ヒット中で、ワタシももれなくTITANICに実際乗船していた航海士たちに猛烈な興味を覚えた。


TITANICを映画館で13回、ビデオで20回ほど乗船 していたら
 

セリフ覚える → セリフまねする → 英語が話せる 


で、なんか雑誌の後ろの方に載っている 『1日20分の勉強であなたも英語が話せるようになる!』 の広告の代わりにワタシが出たいくらいなんですが、本当にこれで話せるようになりました。


当時付き合っていたその帰国子女彼とも別れたので、傷心のウチにTITANICの映画にハマったというだけの話というイタイ事実はあるのだけど・・・。




ときは大学4年の冬。 


ワタシは語学学校ではなくむこうの大学でコンピューター関係の専攻を取りたかったため、そのためにはTOEFLのスコアをクリアしないと入学資格が得られない。 

それと同時に学校選定をしていたのですけど、留学斡旋業者は絶対に使いたくなった。


無駄金払う余裕資金なし。 


これから英語で書類とか読んだり、授業受けていく中で、学校も自分で決められない、ってそりゃ自分的にどうなん?


と自問し、それで留学先はカリフォルニアとは決めていたので(なぜなら行ったことがあったのと、海があるから)、 そこから大学をネットで探したり、通っていた大学の留学センターに入り浸ったり。


学校リストアップが終われば、次は学校の下見に行けばいいだけじゃないか! なんて簡単!


大学卒業式の翌日出発で成田~LAの航空券を取ったのであった。



まだこのとき、後に起こる受難の時間を知る由もない、めでたいワタシ。




下見に行く学校は全部で6つ。 学校リストを作成してファイリングし、それをバックパックに入れた。

スーツケースじゃないのか、自分?!


カリフォルニアをLAからサンフランシスコ(以下、SF)を長距離バス、その名もグレイハウンドバス(通称、グレハン)で移動することにしていたので、身軽にバックパックであったのだけど、


ってか、このグレハン、治安の悪いエリアにバスステーションがあるということで有名で、


地球の歩き方にも、


『夜に到着することはしないようにしましょう』 


とかサラリと書いてあったり。


特にロサンゼルスのグレハン乗り場の周辺は大変危険です


とか大変ご丁寧に意気消沈させるフレーズを書き並べる同本。


映画で見たようなスラムを思い浮かべてチビるワタシ、

しかし移動はレンタカーかグレハンしか手はないぞ、ならバックパックを背負って行くまでよ!

であったのだけど、


渡米2日前、卒業式前日に高熱を出してぶっ倒れる。



神から見放される自分、数年ぶりの熱にうなされる。


妄想と現実の境がわからない中、ヨタヨタになりながら、



い、いや、ここでアプリケーションを取りに行って学校とエリアを自分の目で確かめないと、ワタシ生活なんてできないわよ・・・



航空券代ムダにするなら、アメリカの地に這ってでも行くわよ!!!!

もう余計な金はないのよ!!!



アメリカ行きを強行決行するワタシ。


前途多難なキャリフォーニア縦断記の始まりは、灼熱の高熱地獄からであった。


シリーズ続く


↓↓↓ランキングに参加しました! 良ければクリックを!↓↓↓

人気ブログランキングへ   にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ

世界一周;荷物多すぎ

2008年 07月 17日 (木) | 編集
来年春から世界一周 取材の旅に出ます。 期間は2年(予定)。 世界のいろんなモノを見てきたい。


前の記事で、旅のルートや買い物リストについて独り言ってみた。 (こちら  から読めます)


学生の頃からいろんなとこをバックパッカーで回ってきた。 


ニュージーランドのいつも氷河が残っている山、アメリカの大渓谷グランドキャニオン、人種のるつぼNY。 イスラム、ヒンズー、キリスト教が混ざるインドネシア。 今でも東西南北からの旅人が交わる国、トルコ。 イスラムの国モロッコからジブラルタル海峡をフェリーで渡ったらその先にはカトリックの国、スペイン。 言い出したらきりがない。



仕事をして道を見失いかけ、恋愛をして自己嫌悪になったり。 そしてまた旅に出て人に出会い、地球を知る。


悠久の遺跡群に包まれ、自分の心の悲しみや痛みというのが、実はどんだけ小さいか気づく。 朝の太陽を浴び、夜の月を背中に感じること。 朝も夜もエネルギーはカラダに入っていくんだね。 地球の空気を吸うその意味を知る。


海の波は引いては寄せて、それは人生みたいで、嵐で荒れてもまたそれは静かに輝いてきて。 風が砂漠のあっちで叩いている太鼓の音を運んでくる。 それ以外は何も聞こえない世界。 


大地はいつもやわらかくてあたたかい。 そこは自分が生まれたところだと思い出しては、言葉じゃなくって涙というもので感情があふれてくる。



それでもニッポンに戻れば働かなくてはならない。 いつまでも好きなことだけをしては生きられない。 



たとえお金があって一生ラクして遊んで旅をしたとしても、もしそれがプラスと言うのならば、人生にはマイナスも同じくらい経験する必要がある。 

そうじゃなくっちゃプラスはプラスにならない。 マイナスよりちょっと多いプラスがきっと人生を楽しい、と思えるものにするんじゃないかな。



ワタシは今年、30歳。社会的にも肉体的にも、そして精神的にもひとつの区切りを迎えることは確か。 たまたま結婚をしていない。 まだ働きたい。 どういうわけか立ち止まれない。 ならば今すべきことは、ある。



今回の旅は今までのそれとは全然違うものになると行く前から感じています。 ブラリバックパッカーはもう、満足しているところがあるなぁ。



だから旅立つ準備にも力を入れている。 知識とか情報とかの準備を今はしてるけど、同時に持っていくべき荷物もアイテム比較とかしているのだけど、あることに気がついてワタシは気がついた。



荷物が前回に比べて格段に増えてるんだけど !!!!!


ただでさえいつも 『デジタルパッカー』 とか 『ちょこぼは何でも持ってる』 とか言われているワタシですが、本気で今回はどうしたものか。



一眼レフ。 この子が重い。 



普通に旅行している程度ならがんばれる。 ワタシも普段の国内旅行には持ち歩く。 だけど、背中に17キロを超えているバックパックと、前に小さいバックパックを抱えている身。 一眼レフを小さい方に入れてもズッシリする。  ついでに交換レンズも1つ持っていく。


でもカメラは絶対必要なモノ! 盗難にもさらに気をつけないといけないのと、大事なものなので相当気配りすることに50000カメカメ。  



モバイルPC。 この子が結構かさばる!!!


PCを持つなら延長コードも必須。


ノートPCを持って旅をしている人もいる。 だけど、本体とバッテリー、コード類ですでに4キロ近かった。 そして多くの旅人に 『i-Podの曲、入れさせてください~』 『写真焼かせてください~』 と依頼攻め。


そりゃワタシもノートPCを持てたらいいけども、そこまで運ぶ根性は悲しいかな、ない。 だからモバイルの小さいもの。 ヨドバシで散々見ているけど打ちづらいのは我慢。 (ネットカフェが基本あるし)


寝るときとか時間のあるときにメモをまとめたい。 ウン。 ヒマラヤの宇宙に近い星のきらめく下で寝たとき、どういうふうに自分が感じているか、何を考えているのか残しておきたいのであります。



一眼レフもモバイルPCも今回初めて持っていきます。


ほんで、前回も話したけどももう少し大きい、厚手のシュラフ(寝袋)も買うし、 その上、シャンプー、リンス、洗顔、スキンケア、デジタル関係の充電器、洗濯ロープ。 


さらに服とタオル。 もっと言えば靴、小物、お土産。 (この小物がこれまた意外と量がある) とどめに 本だのメモだの。


これらをカラダに乗せて歩き、自分の足で移動し、宿に着いて寝て、また荷物まとめて次の町へ行くわけです。




      おぉ~~・・ マジでか。  書いてて吐き気がしてきたぜよ・・・。




その点オトコってのはラクチン。 




石鹸1つで、アタマからカラダ、顔を洗って、洗顔後のスキンケアもしないのも多い。 女性でもリンスをしない人もいる。 ワタシも多分今回はシャンプーでカラダを洗うことになりそうです。 ボディソープって、もう無理。   


最近の趣味の妄想旅行ではワタシは今、インドにいる。 ワタシがリアルで行く頃は冬。 それまで無事に一眼レフもモバイルもお金もパスポートも無事でいるのだろうか。 アタマの中でのシミュレーションは今日も続く。 



世界一周;買い物リスト

2008年 07月 15日 (火) | 編集
来年の春から、世界一周に出る。 それはほとんどが取材旅行になるため、今は専ら、本を読んだり、知識をつけている部分の方が大きい。

何を見て、何を感じて、どうしたいのか。


今、準備を進めているのは旅で自分がしたいこと。 そのための下準備で、本を読んだり、人に会ったりして知識を蓄えている方が多く、

旅程も現地でどこまでも変わるし不明なのだけど、 親から 『いつ、どの辺にいるか大まかな旅程を置いていきなさい』 と言われているので、なんとなくは決めてはいる。

こんな感じ。 (タイとかもう4回目・・)


map.jpg


旅中に必要なアイテムは現地で買った方が安いことが多いのだけど、ニッポンから持って行きたいものがいくつかある。


1.シュラフ (寝袋)


『ちょこぼ! そんなシュラフじゃ旅では薄いよ!』


GWに紀伊半島キャンプをしたときに旅友に言われた。 ワタシが持っているのはドイツのトレッキングメーカーのdeuter社のもの。 バックパックと同じメーカー。

軽くて小さいけど、当然薄い。


『だってー! バックパックは普段から重いのに、これ以上重たいシュラフは持てないよー! スペースがないよー!』


前回のロングの旅でも持って行ってたけど、これでイケたわよ!


『あのね、世界一周するんでしょ。 冬だってあるわけで、それにトレッキングもするんでしょ。 シュラフは必要とするときにないと、本当に困るし、その1回のために持っていく価値のあるものだよ。』


うっ。 世界一周をすでにした旅友からのアドバイスは目からウロコ。 


うんうん、ワタシもそう思う。 ネパールでヒマラヤトレッキングしたいし、アフリカのキリマンジャロトレッキングしたいし。 夜は寒くて星が瞬いているのか、それとも寒くて幻見ているのかわからないほど寒いと聞いてるし。


『それにアフリカとかでベッドに寝るとき、南京虫に刺されないように、シーツ代わりに使うし』


そそそそうだった・・・。  ワタシもあるわ。 エジプトの宿は部屋には木枠ベッドにマットレス、しかも


人型にくぼんで、汗だか血のりだかわからないけど、すでに不気味に変色しているベッドに寝て


当然、ブランケットなんてなくって



そこに寝てたわね・・・。 基本的人権って何・・・ みたいな・・・。 



シュラフは必要。 今使っているのは最低で +5度 のときまで使えるものだけど、実際、ワタシが今持っているシュラフを +5度で使っても、 絶対サムいことは分かりきっているので、ゴアテックスのいいものを買う予定。




2.ザックカバー (レインカバー) 予備


バックパックはバンの上に乗せてください。 道なき道を行きます。 超デコボコ道です。 周りは砂です。埃です。 黒いバックパックはもれなく灰色になります。


そんな移動からバックパックを守るレインカバーがある。 



ワタシのバックパックにはレインカバー入れがバックパックの底についていて、チャックの中に入っている。 そこにワタシはウィンドブレーカーも入れてたりする。


バックパックは部屋が3つ分かれていることが多い。 シュラフを買ったら一番下に入れて、スニーカーも入れたらすでにパンパン状態・・・。 
(以前、シュラフを表に出して旅ってたら、旅人に 『大事なものだから中に入れなきゃダメだよ!』 と怒られたが確かに・・・)



バックパック愛着論については こちら  の記事をお読みください。 バックパックはかなり愛着わきます。 ワタシ個人的に言いたいのは、バックパックはいいものを使うべき!



話しがそれたけど、ワタシはすでにレインカバーを持っているけど、旅友は 『予備を持っていった方がいい!』 と。


埃まみれから守ること、盗難から守ることが理由で、彼もネパールで買いなおしたけど、なかなかこの大きさに合うレインカバーが無くて困ったらしい。

彼はその後、アフリカでとうとう3つ目を捨てた。


『予備がなくって、最後バックパックは汚れきっていたよ』


そうか・・・ レインカバーは移動のときには使っていたけど、想像以上の移動も普通にあるのよね。 予備カバーも必要。 



3.ガイドブック と VISA


『ねぇ、ガイドブックとかVISAってどうするの?』


友人がよく聞いてくる質問。 もしかしたら読者さんの中でもどうするのかなー、と思われているもおられるかもなので、ちょっと話してみます。



ガイドブック:


基本的に持ち歩きません!

重たい! きりが無い! お金もったいない!




道がわからない? 行き先に困る?




すべての道はローマに続いているのだ。

迷子になっても、ローマにはたどり着くであろう。





世界には各国から旅人と言うのはたくさんいて、その人たちはそれぞれ情報をたくさん持っている。 旅人が泊まる宿、エリアというのは世界各地にあって、


だからそこに泊まって、旅人から情報を聞きメモを取る。 情報ノートというのが置いてあって、日本語での書き込みもある。




『○○の食堂はおいしかったです』


『この次に△△に行きたい人はこうやっていけます』


その中に


『□□国のVISA情報』



とかが書いてあり、宿は泊まること以上に、とにかく情報集めの場所。 ドラクエで町に移動したら、町の人全員に話しかけるのと同じで、勇者ちょこぼも町についたら手当たり次第、情報収集に励む。 寝ている場合ではない! リゾートのんびりとは程遠いもの。


ローマまで道が続いているように、次に行く場所、方法、予算、移動先情報がわかるのでガイドがなくてもあまり困らない。


東南アジアあたりは学生旅行者が多いので、そういう学生さんたちにガイドブックを見せてもらうこともできる。


だいたい、地球の歩き方は 『東南アジア』 のわくで本を出していないのが腑に落ちない。 外国ではロンリー・プラネット という英語のガイドがあるのだけど、これは東南アジアや、アフリカ、南米 とか、辞書のように分厚いガイドがある(でも白黒)。


ロンプラを見せてもらうこともできるし、だからガイドがなくても意外と問題ない。



『VISAは日本で取っていくの?』

VISAは日本ではとりきれないぜよ! 高いぜよ! 間に合わないぜよ!


もちろんニッポンで取得可能なVISAはある。 でも、取ったら 『○○日以内に入国してください』 と制限があるものが多いし、何よりニッポンで取ると高いので (郵送にしろ、大使館に行く交通費にしろ)、現地で取ります。


国境で取れる国もあれば、事前に取得しておかなければいけない国もある。



たとえば、ネパールの首都、カトマンズでしなければいけないことは、


隣の国、インドVISA、バングラディシュVISA。 バングラではパキスタンVISAも取得。



それらを事前に、旅程も不明なのにニッポンで事前取得することはできない。 移動の国で日本大使館でレターをもらいに行って、それを申請書と共に発給して欲しい国の大使館に持っていく。


『はいはい、今日の受付はもう終わったからまた明日ね~』


とか言ってくる意地悪スネオ的係員にも負けず、旅人は朝からあっちこっち行くのだ


どんだけ忙しい旅なのよ・・・。





いろいろ限界 in エジプト

2008年 07月 08日 (火) | 編集
数週間過ごしたエジプト紅海に面した激安ビーチリゾートで長い時間を過ごしたワタシは、いよいよ人間が作り出した有史上の大傑作、ピラミッドとご対面すべく、バスでカイロを目指していた。


しかしナニゴトも思ったとおりにコトが進まない国、ザ・エジプト。 8時間予定の移動も途中、バスのエンジンから煙が出てきてとんでもないところで降ろされ、後続のタクシーに乗ってカイロへ行く予定が、またもや意味不明なところで降ろされた。


カイロに無事に着けるのか? なシリーズ最終話。 過去2話は こちら  から一気読み。


        ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

ビーチリゾートで一緒だったニッポン旅人の通称 師匠とトホー(再)にくれるワタシ。


言ったことと違うじゃん!


そんなアラブの世界でよくある話、いちいちイラついていても仕方ない。


この空気が燃えている炎天下。 すでにバスと余計なタク代を支払っている。 カイロに行くと言ったのにどこかで強制下車。 イライラはかなりつのっている。 降ろされた意味不明なバスステーションで、ワタシたちが旅人と分かったとたん、いろんなタクシーの運転手が客引きに来る。


『とにかく、カイロの○○ホテルに行ってくれ!!』

ピンポイント指定するのだが、多くは

『NO NO、△△駅 OK?』 とか 『□□ OK?』 


会話が通じない。 カイロまで行くよ、となっても今度は値段交渉が待っていて、とにかくフッかけてくる。


『もぉー! GIVE ME THE FINAL PRICE!!!! 』  ブチブチブチッッ ←堪忍袋の緒が切れる音


最後はキレた。 ファイナルプライスを言ってくれ! それでもフッかけてくるので、 『NO。高いからいい』 と言えばさらにディスカウントしてくる。


『もう遅い。次あたるから。』

『チョットマッテー ディスカウントスルカラ~』


永遠に繰り返される無意味な会話。



またここでも体力を使っていた。 師匠は、というと、そんな怒りマックスなワタシを 『まぁまぁ!』 となだめて、それで最後はワタシ、コーラを飲みながら休憩タイム。


ハァ。思い出しても疲れる・・・・・・



あるタクシー運転手が、カイロのダウンタウンOK、と言ってきた。 それでホテルの名前も告げて、ようやくワタシたちはタクシーに乗り込んだ。


ちなみにニッポンのようなタクシーのドライブマナーを想像してはいけない。 アラブの国の運転はそれはそれはすさまじい。 


人が目の前を横断しようものなら 『ファファーー!!!』 と鳴らしまくり、人がむしろスイマセン。 クルマ最優先。

クルマは車線変更をガンガンしまくって、道を縦横無尽に爆走する。 前のクルマがちょっとでも遅いものならそれをS字ではなく、己字 でよける。 カクカクだ。


『追い抜くよ』 『おせーよ』 『割り込みすんなよ』 が全部クラクションで表されるもんだから、それはそれはすごい音。いっつもどこかでブッブー。 スピードの速さはマリオカート キノコ使用時レベル。

そんなタクシーに乗って幹線道路を走る。 事故らない数パーセントに命を預ける。


ああ、やっと宿に着けるのね! ムダにタクシー2回分も出費させられたけど! なんだかんだとすでにカイロ到着予定時間より過ぎているけど! ピラミッドに免じてユルス。



そして降ろされた先は、


またもやワケワカンナイ駅で。


いい加減にしてくれ(泣)。



人もまばらな駅の高架線下で強制下車させられ、走り去るタクシー。


普通にコミュニケーションが取れないんか、この国わっっ!!!! 

(これ、ホントに起こった話です)



持ってるガイドブックのマップから今の駅を探すが圏外で載ってない。 



駅員に聞いたら数駅先のナントカ駅で乗り換えなければ、宿までたどり着けないらしい。 再び背中に食い込む重いバックパックを背負った。 そのとき、ワタシは紅海のビーチでエジプシャンカーペットまで買っていたので折りたたんであるロール状のそれも手で持った。 

ワタシの足には、体重+カーペット2枚分+バックパック(大)+バックパック(小) が重力に逆らうことなく、のしかかってくる。



      泣きたい。




カイロには有名な日本人宿でサファリホテルというのがある。 ワタシたちもそこを目指してようやく見つけたがそこはこ汚いビルの5階にあった。 前の町、ダハブから10時間かかってようやくついた。 すでに9年とか着古されているタナカ課長のスーツのようなくたびれ具合。


すでに相当な体力を消耗したワタシと三十路を越えしている師匠は迷わず、


『2階のホテルの方でいいよね』

ヘタレ2人は、2階にあるサファリ同様有名なスルタンというホテルにチェックインし、ようやく落ち着いた。 着古したスーツじゃない、ボロ雑巾だ。(しかも3年使って、小学校のトイレ横に干してある的)



これから仕事がまだある。 明日、砂漠ツアーに行く人がいないか探して人数集めないと!


それで、ニッポン人+韓国人を発掘し、翌日4人でいくことになったのであった。


これは序の口、まだエジプト・マジックは止まらない。


夜、グッタリ疲れてベッドに横になっていたボロ雑巾。夜中にバキキッ! という怪音と共に背中が落ちた。 ベッドのマットレスを支える板が外れたらしい。 ワタシのカラダはくの字に沈んだ。

どーなってんの!!!


仕方なく、バスタオルを腰の下に引いてもそれは十分ではなく(どんな宿だっての)、 dailyのバックパックを引いて、さらにバスタオルを置いて何事もなく、疲労困憊のボロ雑巾、爆睡。


基本的人権て・・・ なんなの・・・ みたいな・・・。



ちなみにこの宿、1泊150円ほど。 

こんな楽しい思い出があるからこそ、やっぱりバックパッカーはやめられないし、そして思い出も簡単にデリートできないように、バックアップメモリの中に入るのだ。


ワタシはエジプトが大好きです!

(イラMAXな移動シリーズ・完)

バス炎上、途中強制下車

2008年 07月 03日 (木) | 編集
エジプトのシナイ半島、紅海でのダイビングやシュノーケルを散々して過ごしたダハブ。 3週間滞在した。


旅友、通称 師匠とともに一路バスでカイロを目指していた。 いよいよ人類の奇跡、ピラミッドとご対面のときは近づく。

窓の外には海とそして砂の、単調で、でも同じ景色ではない光景を窓越しに見ながらカイロに近づいて行った。


順調に移動、バス後部から火が出るまでは。


前回の続きです。 こちら  から先にお読み下さい!


    ◆    ◆    ◆    ◆


幼稚園バスを25年くらいつかって、野ざらしにしたままな風味をかもし出しているようなオンボロバスでカイロを目指していたワタシたち。


エアコンは壊れ汗でズボンは濡れている。 カーテンもなくて窓も開きっぱなし。 砂まみれ。 イスの背もたれもも倒れない。 大音量で音割れしているTVからはしょーもないコントを垂れ流し。 それでもワタシと師匠はいよいよ "あの" ピラミッドと出会うべく、カイロへワクワクしながら移動をしていた。


そんな遠足気分はうたかたと消える。


突然バスのエンジンが煙を吹いて

車内に煙のにおいが充満してきたじゃないか!!!!



後部に座ってた人々はバタバタと前方に移動してきている。 煙は白い。 

『一人じゃなくってホント良かった!!!』

心から思った。 


隣にいる師匠はすでに1年以上も旅っててユーラシア大陸を横断してる。 とりあえずこの人の判断に全部任せよう、と、まだ出会って2週間もしてないオトコに命預ける。 バスは幹線道路を走っていたけど路肩に止った。バスから降りる。 ワタシも師匠も降りた。


『とにかく自分のバックパックを確保しなきゃ!』


今ここで生活用品全消去するほど勇気はない。 まだ旅は続くのよ!ワタシも師匠も荷物は確保した。


人々は後部に集まり、3本の細い消火器を手にそれを吹きかけようとしているけど、 

消火器は錆びてて、使えるのは1本のみ。


誰かがその命をつなぐ1本を ブシュウウゥゥゥウゥゥーーーー!!!! と吹きかけてた。 それはキャンプファイヤーの火をストローで消すかごとく、弱くてはかなくて、風車に立ち向かうドン・キ・ホーテ。


普段は強気なエジプシャンもトホーに暮れる。 

cairo-b.jpg



周りを見渡すワタシ。


   こんな異国の砂の国で立ち尽くす。


      周りにはナニもない。


           草木も生えてない荒野。





チーーーーーーーーーーン・・・・・・・・・



ワタシたちは朝8時にダハブを経って、クーラーも効かない中で、このサウナバス体験をこらえていた。


それが・・・! コレが結末って!!


何もかもスムーズに行かない国、ザ・エジプト ファラオマジック。 


思い通りにコトが運ばないことが日常という4000年の歴史を持つ国。


周りの人の様子をうかがっていた。 みんなどうやって移動するのだろう。 もしこれがニッポン国だったら間違いなくドライバーの謝罪から始まり、それで状況説明があり、その後すぐ、代替車が来るであろう。



しかし再度言わせていただく。 ここはザ・エジプト。 ニッポンの常識はもはや神の域。



その後バスのところにセダンのようなタクシーや、バンが来はじめた。 エジプシャンたちはそれらに乗って行く。 それで分かったのだけど、みんなバスはここにおいて、それぞれ自力で移動をしなきゃいけないようだった。 


ニッポン人、ここにおいてかないでよ!!


ワタシたちも渋々タクシーに乗り込んだ。黒人風のエジプシャンとかっぷくのいいオヤジが乗っている、ステーショナリーワゴン系のクルマ。


『50ポンド (約1,000円)』


え? また払わなきゃいけないわけ?? 

すでにバスでカイロまで、ということで1,600円(80ポンド) を払っているのに、まだ請求するんかー!!


ダハブでは1泊200円の宿に泊まっていたワタシたちの感覚からすると、この状況で1,000円はあまりにも非情な金額。 人の足元見るなんて! 救援物資を横流しして高額販売していた四川の悪徳商店となんら変わりないじゃないか。


アラブ諸国を旅っていれば、現地の人以上にどれだけワタシたちがボラれているか、というのは今まで散々経験してきたた。 いまさらイライラはしない。 した者負けだ。 菩薩のようにならないとアラブの国で生きていけない。



師匠が強気の値段交渉を開始した。 ドライバーも 『乗れなかったら困るだろう?』 な勢いで、それで結局、気合の300円まで値切り倒し。 よくある半額以下値切り。 師匠、バンザイ。


しかし問題はここからである。 問題のみしか先ほどから発生していないが、その中で、でもだ。


『カイロには行かない』 

ドライバーが言ってきた。

『カイロまで連れて行ってくれよ! 』 

『スエズでOKでしょ? 』

『カイロで頼むよ! オレたち死んじゃうよ!隣人を愛せよ、って神も言ったじゃないか! あ、あれはキリストか? ってか、どっちでもいいけど頼むよ!』


押し問答が続く。 どうしてもワタシたち、カイロ行きたいのよ! どこかで降ろされてまたタクシーとかになったら、またお金がかかる。 移動わからない。 もうムリだ。 限界値は近い。


『カイロ行かないなら、このタクシーには乗らない』

一か八か発言をした師匠。 


『OK OK、カイロ OK!』



根はいい人が多いアラブ人である。 今までの時間は一体なんだったのか。 まぁ、こんな疑問はこの国では無意味であるのだけど。




タクシーは幹線道路を走り始め、だんだんとクルマの量も増えてきた。 カイロに近いのか? 目の前に大きな口を開けたトンネルがせまってきた。


『これがスエズ運河の下を横断するスエズトンネルね!』 


ドライバー! わが国ニッポンの政府無償援助でこのトンネルができたの知ってるかー!!!!

ワタシが毎日働いたその税金の結晶だぞ、オイ!!!!




カイロにちゃんと連れて行てけ!



そんな海底トンネルも通過し、 (どこの海底トンネル走ってもなんかワクワクするのはワタシだけじゃないはず)


しばらくしたらドライバーは幹線道路を降りた。 お? 誰か降りるの?


クルマはノロノロと住宅街の中を走り始めた。 タクシー乗り場だ。 バンとかタクシーとかバスがわんさかある。


『ハイ、ここで降りて。』


『はい???』


え。バカなワタシでも、カイロはピラミッドがあるところだと思うんですけど。 カイロは海に近くないと思うんですけど。ってか、ここはスエズですよね?


全然根っからウソつきだったアラブ人に、この意味不明な場所で降ろされてしまったのであった。


次回完結編へ続く
  [ HOME ]   

明日の地図帳を歩くTOPページ | 著作権について | 個人情報について | credit

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。